2-6



 昼休みも残り10分となった頃合。

 全員揃って教室に戻ると、ひとときの間忘れていた強烈な視線が清良達を刺した。

 勿論中心は圭だが、クラスメイト達の興味関心は彼と個人的なやりとりをしたであろう4人の方にもはっきりと向けられている。


「お、おい哉汰! 久賀! ちょっとこっちこい!」

「あさひっあさひっちょっと!」


 はいはい、わかってますよ。

 そういわんばかりのため息を残して三人がそれぞれ手招かれた方に向かい、残った二人は教室後方の自席へと足を向ける。


「迷惑かけちゃってるなあ。……直接きてくれていいのにね」

「まあ今日のうちはしょうがないよ。明日はまた違うんじゃない」

「だといいけど」


 清良としては、彼らが直接声を掛けられない気持ちは痛いほどわかる。

 自分だってたまたま、運命の悪戯で関わりを持ったが、それでも声を掛けるのは本当に勇気が必要だった。


(話してみると、結構人懐っこいんだけどな)


 彼が人との関わりを拒絶しているわけではない。その確認が取れただけよし。

 明日は少しのお節介をやいてみようと心に決める。

 本当に頼られてるなら、全力で応える。けれどいつも自分が傍にいるとは限らない。味方は多いほうがいいだろう。

 

 清良が脳内でそんな算段を立てているとも知らずに、圭は多くの視線を掻い潜り一歩前を歩いている。

 そして自席に到着する手前で、ぴたりと足を止めた。


「さっすが秀才、もう今日の宿題終わらせちゃったんだ?」

「友達いなくて暇だもんねー昼休み」

「いうなって! 可哀想だろ」


 圭の前の席に座る手島を、山崎とその取り巻きが取り囲んでいたのだ。


 ――厄介ごとが真正面からやってきた。


 清良は小さく舌打ちを零す。

 圭がそのやりとりをスルーしたとしても、彼らがこの機会を逃すはずがない。

 むしろあのはりきり方からみて、これまで一切接触を図って来なかったことのほうが不自然だったのである。

 遅かれ早かれの問題ではあったかもしれないが、シチュエーションとしてはほぼ最悪に近い。


「ちょ、やめてくれよ!」


 手島と山崎。二人の間をお手玉していたノートが、ばさりと音をたて床に落ちた。

 それを拾ったのは、圭だ。


「……手島君。落ちたよ」


 手でゴミを払いながら、多分、微笑んでいるのだろう。

 真正面から美少年の洗礼を受けた手島が、目を見開いたまま硬直している。


「あー、中尾君だー。はじめましてー」

「なに、もうキヨと仲良くなったの? 俺らとも仲良くしてよ」


 そして案の定、矛先は圭に。取り巻き連中がにやにやと笑いながら、嫌な熱を帯びた視線で圭の身体を撫でたのがわかった。


「……ほんっとお綺麗なことで」


 そしてそのうちの一人の手が、圭の顔を無遠慮に掴む。

 恐らく、たいした力は込められていない。おかしなもので、おそるおそるといった手つきだ。

 けれど流石に看過できない接触である。


「待て待て。初対面の人間の顔を触るな」


 清良は圭の右腕を引いて、一歩後ろに後退させた。

 思ったとおりあっさりと手は離れたが、これ以上は絶対にNG。そう主張するように、自分も圭の隣に並ぶ。


「なんだよ。良いだろ別に減るもんじゃないし」

「お前の顔に触ってやろうか」

「うげ、ぜったいやだ」

「だろ。俺だってやだわ」


 表向きだけでもカドがたたないように、慎重に言葉を選ぶ。

 そういった采配は清良の得意とするところではあるが、誰かを守りながらの心理戦は初めてのことだ。

 しかも相手は複数人。今は無言を貫いているが、守る対象である圭の出方も読めないとあっては緊張感もひとしおである。

 

(黙っているといえば、こいつもなんだよな)


 そして気になるのは――ノートを拾ったあたりから微動だにしない山崎の出方だ。

 動かないどころかしゃべりもしない。じっと圭を見ているが、表情にもまったく変化が見えない。


「山崎ィ、キヨが転校生独り占めすんだけどー?」

  

 様子がおかしいということに気づいたのか、手持ち無沙汰な一人が山崎の肩をつんつんと肘でつついた。

 

「バッカ。転校生じゃないだろ。ちょっと登校拒否してただけだって」


 おい、どうすんだこれ。そういわんばかり。

 口の動きとは対照的に、取り巻き達の表情には焦りの色が浮かんでいる。


「……あー、えーっと。な、中尾」

「はい」


 取り巻きに促されようやく口を開いた山崎と、それを受けリアクションを返す圭。

 圭の表情筋は微塵も動いていないが、それでも時は動いた。

 さあ、どうでる。

 その場に居合わせた全員が息を呑んだ。

 ――が。


「……ママママママイネームイズ、サトル・ヤマザキ…」

「「「「は?」」」」


 山崎から飛び出したのは、あまりにも予想外な言葉だった。

 皆思うことは一緒だろう。

 マイネームイズサトルヤマザキ。

 ――何故、今、この空気の中で、それ? 


「あっ違! いや違くないけどそうじゃなくて!」

「ご、ご丁寧にどうも……?」


 これには圭も思い切り動揺している。


「違うんだって! あああもう…! いくぞお前ら!」

「え?! この空気ほったらかして?!」

「いやもういこう、意味がわからん」


 一人でやらかし一人でパニックになった親玉を抱え、チーム山崎はあっさりと撤退した。

 実に懸命な判断だ。

 今の一連の流れは、完全に「失態」といってもいいほどのやらかしだった。

 変に長引かし失態を晒し続ければ、このクラスでの彼らの地位を揺るがす深い傷になったかもしれない。

 

(いや、今の)

(どう見ても、アレじゃん……?)

 

「……清良」

「……うん」  

「なんかややこしいことになりそうだね……?」


 清良と同じく山崎の「おかしさ」を正確に読み取ったらしい圭が、これはまずいなと眉を寄せた。

 そう。これはとてもまずい。

 どうせなら対立関係にあったほうが良かった。そう心から思える、非常事態だ。


「……三角関係とか俺の見えないところでやってくれよ~~」

 

 残された二人の隣で、たまたま超至近でやり取りを見ていた手島が頭を抱えた。


「えっいや、俺は違うってば」

「悪いけどもう巻き込まれてもらうよ、清良。あ、手島君ノート返すね」

「どうもっ」


 手島の目から見ても「そう」だったのなら、もう本当に「そう」なのだろう。

 三角関係。――まあつまり、そういうことだ。  

 清良に隕石が落ちてきたあの時、あの瞬間。

 もう一人、その衝撃が直撃している人間がいたのである。


 遅れてきたクラスメイト、中尾圭。

 初日からクラスをパニックに陥れ、ついでに男を二人落としたその実力は、伝説として盛大に、多分に脚色されながら今後しぶとく語り継がれていくこととなる。








 


   





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