02 埋まった空白
あの時、あの瞬間の事を語るなら。藤井清良は大真面目にこう言うだろう。
――1ヵ月埋まらなかった空白に、宝石のような隕石が落ちてきた。
その場に居合わせた久賀紘昭は言った。「人が恋に落ちる瞬間を見てしまった」
ついでに、瀬戸哉汰のコメントはこう。「顔、面、制、圧」
つまり大雑把にまとめると、遅れてきたクラスメイトは初手でそれぞれに強烈なインパクトを齎したということだ。
そんな大それたことをしておきながら、そのクラスメイト――中尾圭は、授業がはじまって尚ザワザワとうるさい視線を独り占めにしながらも堂々と正面の黒板を見据えている。
(姿勢、いいなあ)
真っ直ぐに伸びた背筋。一切揺れることなく同じ姿勢で保たれている身体。
(――髪、きれい)
そして、キラキラ、サラサラという形容詞がぴったりな髪。どれもこれも、美しさに隙がない。
真後ろからだと気兼ねなく見放題だな、なんて考えている清良自身はだらしなく背を丸め頭を抱えるような姿勢になってしまっているのだけれど、今日くらいは許して欲しいと切に思う。
何せ隕石の衝撃を至近距離、いや、ほぼ直撃したのだ。ただでさえ気を張っていたというのに、朝一番にそんなものをくらえばそれはもう精神的な疲労が大きい。
「……?」
その時。身じろぎひとつしなかった彼の体がぴくりと動いた。
見過ぎたかもと思わず姿勢を正した清良だったが、その視線はこちらを見ることなく左右を見渡し、右隣の旭でぴたりと止まる。
「ごめん、消しゴム貸してくれないかな」
「お。いいよー。……挨拶できてなかったね、霧島旭です。よろしく」
「ありがとう。よろしく、アサヒ」
「……うん」
(ナ、ナチュラルに呼び捨てた……!)
ひそひそと繰り広げられるはじめましてのやりとり。近くの席の生徒達の意識がそちらに集中しているのがバレバレだが、圭はそれらには一切かまうことなく再び黒板に意識を戻した。
消しゴムを貸して欲しい、それだけのことなのにこの有様ではたまったものではないだろう。
けれど清良も今はその他大勢の一人だ。皆が注目してしまう気持ちは痛いほどにわかる。
皆見極めたいのだ。おおよそ普通とはいいがたい彼が、同級生相手にどのような振る舞いをするのか。どんな反応をするのか。話しかけても、大丈夫か(自分が傷つかないか)
(旭ちゃんチョイスは正解だなあ)
そんな中、圭はしっかり周りを見て旭に声をかけた。この選択はとても正しい。
なにせ正面の手島は可哀想なくらいに背中をこわばらせているし、左隣の女子は好奇心をむきだしにして圭を見ている。
その点旭のリアクションはとても淡白で、視線はずっと自分の手元と黒板の往復だった。
今彼は視線の檻の中にいる。――清良が圭の立場でも、旭を選ぶだろう。
いきなり気障な口説き文句紛いまことを口走った後部座席の男なんかより、よっぽど。
(……消しゴム、ふたつある)
(あげるっていったら、もらってくれるかな)
(ていうか俺警戒されてるよね? するよ普通)
どうしてあんなことを、なんて反省はしない。理由なんてわかりきっている。――本当に綺麗だと思ったからだ。
自分とはあまりにも違う、金色めいた輝きを持つ不思議な瞳が。
(――あの目にはどんな風に見えるのかな)
あのキラキラした瞳を通せば、世界も輝いて見えるのだろうか。
そうだったらいいなと、鈍色の世界を見ながら思った。
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