第13話 がんばれアマザ王国
「というわけで恒例の会議を開始します。アマザ王国の軍はざっと三十万。シャングリラの北と南、西側から同時に攻めるような布陣を取っている」
図書館の会議室。グレンが机に乗った地図に赤い凸型の石を三つ置く。
赤い石がアマザ王国軍、地図の真ん中の一際大きい青い凸型の石がシャングリラを指している。
シャングリラの東側は海に面している。アマザ王国は海を除いた三方向からシャングリラを攻めるつもりらしい。
スカイが偵察したところによると、各方向に約十万人ずつ兵隊がいる。
これはシャングリラの人口の倍近い数である。シャングリラは成立したばかりなので人口は少ないのだ。
非戦闘員を含めた総人口の倍の軍勢で囲まれる。普通に考えたら絶体絶命の大ピンチである。
「まあ物の数じゃないな。いつも通り適当なノリでアレして終わりだ」
グレンは事も無げに言った。
普通だったらふざけんなと石を投げられても仕方ない発言。トーマも頭を抱えたくなった。
絶望的な状況で都市代表者が頭おかしいことを言い始めたからではない。グレンたちなら本当にさっくり片付けてしまいそうだからである。
アマザ王国の暗殺者集団を事も無げに焼き払った光景は記憶に新しい。トーマ自身が魔法を勉強して理解したが、ウェルシュとグレンの火力は文字通り桁が違う。アマザ王国とグレンでは豆鉄砲とICBMくらいの差がある。三十万くらいの軍勢ならグレン一人で余裕だろう。
「とはいえ誰がどっち方面を守るか決めておいた方がいいんじゃないかな? 万が一街の中に入って来られたら厄介だし」
「そうだな。俺は中央を片付けよう。マギには北を頼んでいいか」
「人手が足りないし仕方ないね。ジークは珍しく会議に来たけど、協力してくれるってことでいいのかな?」
「悪いが俺は目立ちたくないんでな。今回は情報収集で来ただけだ。まあ、どうしようもない状況になったら手を貸してやる。悪魔も殺せないトーマは戦力にならないだろうがな。トーマ、俺が稽古をつけてやろうか」
「いらないです」
「フッ、格上の指導を断るとは向上心がないな。俺はこれで失礼する」
悪魔を倒せるなら向上する必要がない。そもそもジークフリートの稽古とか、チートで叩きのめされて上から目線で説教されて終わりそうだ。
ジークフリートがマントを翻し立ち去るのをトーマ以外気にしていない。珍しいことではないらしい。
「じゃあジークは頭数に入れないでいいや。南側はムラマサ担当でいいかな? 同級生の子もいるし、ガトリングも多めに配備すればいけるよね」
「任せろ。集団戦に向いたチート持ちがいなくてもやり方を工夫すればどうとでもなる」
ムラマサはクラスメイトたちと集団転生した。亡くなった人も多いらしいが、チート級の剣士がムラマサと一緒にシャングリラへ来ている。黒髪ポニテの美少女だった。
剣士と鍛冶師が二人で敵軍十万人を撃退する。正気とは思えない話だがグレンもマギも当たり前のように言って、ムラマサも受け入れている。おそろしいことに実行可能なのだろう。
「ていうかガトリングとはいったい」
「トーマ君がイメージするガトリング砲で間違いないと思う。シャングリラの城壁には高火力、長射程のガトリングが配備されているんだ」
「それでも十万人相手じゃしんどくないですか?」
「射程5キロくらいあるから大丈夫。爆発する弾頭とか使えるからなかなか強いぞ」
「誰が作ったんだそんな超兵器」
ファンタジー台無しだった。
対するアマザ王国は弓矢と槍が主兵装である。魔法があるとはいえ、日本で言えば戦国時代程度だろう。
そこにガトリング。射程が5キロ。もはやイジメですらない。
世界観を無視した理不尽を目の当たりにしたトーマはアマザ王国の兵士たちに心の中で十字を切った。
「……誰がって、チート持ちに決まってるか」
トーマはひとりごちた。
いくらシャングリラの文明レベルが高くても軍事力はチート頼りである。兵士の数は少なく、装備は品質が良いだけでアマザ王国と大して変わらない。ガトリングなんてロマン兵器を作れるのはチート持ちだけだ。もう少し自重してほしかった。
そこでふと気づく。
「生産系チートがいるならウチの壁直してもらえませんか」
トーマの家は壁が壊れたままである。ベニヤ板でふさいでいても隙間風が吹いている。周りはグレンが手配した人たちにより修繕が進んでいるのに。
ムラマサが「直すのを手伝う」と言っていたので、グレンは修理を手配していなかった。グレンとムラマサが気まずそうな顔をしている。
建築・生産系のチート持ちがいるならサクッと直してほしい。他の修繕に忙しいのかなかなか業者が捕まらないのだ。
「生産系チートはムラマサしかいないな……」
「悪い、今度直しに行くわ」
「なんならボクが直そうか?」
「え、建物の修繕なんてできるの」
「魔法を使えばそれなりに。本職に比べるとガタつくけどね。レンガ造りの部屋だったよね」
「オレも建物は本職じゃねえし、マギの方がいいかもな」
マギは自分が望んだ魔法を即座に作ることができる。修繕用の魔法を作れば十分対応できる。
「じゃあ頼む。資材用意しておけばいいかな」
「よろしくー」
「……あの、私はどうして呼ばれたんでしょうか?」
おずおずとトーマの横に座るフィオナが手を挙げた。ずっと喋っていなかっただけで最初からいたのだ。
今日はトーマだけではなくフィオナも呼ばれていた。転生者同士の話し合いと思って黙っていた。
話が逸れても誰も戻す様子がなく、そろそろ口を出さないと呼ばれた理由が分からないまま終わりそうなので勇気を出した。
「お話は聞いてしましたが、私もトーマも防衛作戦には入っていませんよね」
「二人を呼んだのは俺だ。フィオナちゃんもトーマ君もアマザ王国から追放された身だろう? せっかくだからざまあでもしないか?」
「……そういえば私、一か月前はアマザ王国に住んでいたんですね」
「そうだそうだ、俺も追放されたんだった」
このところ生活環境を整えたり悪魔と戦ったりで忙しくて忘れていた。
トーマ自身がアマザ王国にいた時間は正味一時間もない。追放された時も実感が湧く間もなく処理された。出自を忘れても仕方ないと思っている。
フィオナは生まれ育った故郷なんだし忘れちゃダメなんじゃないかなーと思ったけれどすぐに思い直した。フィオナの身の上話を聞いたところ、生まれてからずっと城や教会に幽閉されて勇者召喚を試みていたらしい。生まれた国だからという理由だけで愛着を持てと強要するほうがおかしい。
「ところでグレンさん、ざまぁってどういう意味なんですか?」
「そうか、フィオナちゃんは知らないか。辞書的な意味はともかくとして……自分に理不尽な仕打ちをした人たちに意趣返ししてざまぁみろってせせら笑うことだ」
「性格悪くないですかそれ」
フィオナは引き気味で返した。
確かに端的に聞くと性格が悪い。他人の失敗を嘲笑うと聞いて好感を覚える方が少数派だろう。
ざまぁ系はざまぁに至るまでの過程が大事なのだ。話を聞いた人がそりゃ復讐するわ、やっちまえと思うような背景がないといけない。
「そう考えると俺もあんまり動機がないな」
「二人とも乗り気じゃないのか」
「俺は召喚されて一時間足らずで追放されたんで、理不尽な仕打ちを受けたっていうより寸劇見てるみたいで笑ってました」
「私はトーマといられるので別に……」
「さらっとのろけやがったねフィオナ」
マギの目が座っていた。三日やそこらで良い人が見つかるならとっくに独り身脱却している。
隣のムラマサはマギの珍しい表情に目をむいている。
「無理にとは言わないが一人だけでも来てくれないか?」
「俺たちを連れて行きたい理由があるんですね?」
そうでもなければ乗り気でない人間を二度も誘ったりしないだろう。
「俺、アマザ王嫌いなんだ。嫌がらせしたい」
「うわ私情だぁ」
フィオナに続きトーマも身を引いた。グレンは快活な印象が強かったが、ここで陰湿な面が立て続けに明らかになってきた。
「す、少しくらいいいだろう!? こうして戦争吹っ掛けられるのも三度目だし。細かい嫌がらせしてくるし。アマザ王国でひどい目に遭ったって人がシャングリラに来ることもあるし。ちょっとくらいやり返したいのが人情ってものだろう」
「分からなくはないです」
アマザ王は『無能な王様』という言葉を擬人化したような容姿をしている。見た目に反して有能かと思った瞬間もあったが、トーマたちを雑に追放した。あの拙速さを考えるとやっぱりアホなのだろう。
グレンはシャングリラの事実上の代表者である。
民主主義を標榜するシャングリラには議会があり、そこで選ばれた市長が政務を取り仕切っている。
しかしシャングリラの代表者は誰かと市民に尋ねれば口を揃えてグレンと言う。トーマもそう思っていたし、今も市長の名前は憶えていない。
そんなグレンが、近隣国家の暗愚な王に嫌悪感を抱いていても不思議はない。アマザ王国の悪政に耐えかねて亡命してくる人もいるので義憤を感じているのだろう。
トーマとフィオナにしてみると微妙なところである。
グレンには恩がある。暗殺者集団から助けてくれたこともあるし、グレンが手を貸してくれなければシャングリラの生活に馴染むにももっと時間がかかっていただろう。
アマザ王のことは好きか嫌いかで言ったら嫌いだ。けれど嫌いかどうでもいいかで聞かれたらどうでもいいと返す。わざわざ手間をかけてざまぁしたいとは思わない。
こっそりフィオナを窺うと乗り気ではなさそうだった。
フィオナは世話になったグレンの頼みを無下にしないだろう。悩んでいる様子だがきっと自分が行くと言い始める。
「じゃあ俺が行きますよ」
「お、来てくれるか」
「あの王様が俺の顔見てどんなリアクションするかちょっと気になってきたんで」
理由はそれっぽく聞こえそうなものを適当に言った。
フィオナよりトーマの方がはるかに頑丈だ。グレンが付いているとはいえ敵地に乗り込むのだから強い方がいい。
マギの悪意探知結界は今日も絶賛稼働中である。悪魔のことを考えてもシャングリラの方が安全だろう。
「フィオナは帰って来た時用においしいものでもつくっといて」
「……うん、とびきりのごちそうを作って待ってるから、絶対に帰って来てね」
フィオナはそっと両手でトーマの手を握りしめた。
それだけで何があっても、何を犠牲にしてでも帰ってこなければならないという気がしてくる。
「トーマが行くなら俺も行こう」
横合いからかけられた声にトーマとフィオナは慌てて距離を取った。今さらになって周りから生暖かい目で見られていたことに気付く。だいぶ気まずかった。
「スカイはアマザ王国に因縁があんのか?」
いつの間にか会議室の扉のそばにいたのはスカイだった。
スカイはあまり作戦会議に参加しない。協調性が無いからではなく、自らの役割を偵察や警戒と考えているからである。自分が素早く敵を発見すればグレンたちが瞬く間に敵を倒してくれると信頼している。
だからこそ疑問を持ったムラマサが問いかけた。
「俺はアマザ王国とは何の関わりもない。けどトーマが行くってのに先輩の俺が何もしないってのも情けない話だろう?」
「スカイは『鷹の目』を活かして活動してるわけで、それを情けないとは思わないですけど」
『鷹の目』はスカイが持つチート能力のひとつだ。極めて高い遠視能力と動体視力を誇り、アオとコンビで行う上空からの偵察はシャングリラに絶大なアドバンテージをもたらす。それを情けないと言うようなやつはいない。
誰もが訝しんでいるとスカイはグレンを手招きした。これも珍しいことである。偉ぶらないスカイは用があれば自分から相手のところに行く。
グレンはおとなしくスカイの元へ行った。付き合いは長くないが理由もなく不審な行動を取る男ではない。
スカイは自分とグレンを風の結界で覆い、さらにトーマたちに背を向けた。
「呼びつけて悪い」
「それは構わんがどうしたんだ。様子がおかしいぞ」
「自覚はある」
「理由は? トーマ君と何か関係があるのか」
「……多分ある」
「多分?」
「理由は分からないけどトーマを守らないといけない気がするんだ」
「同じ街に住む仲間だ、変でもないだろう」
「他の人に対してはそんなこと思わないのに?」
「……まさかお前ホ」
「ちげえよ馬鹿。そうか、こういういじりをしてくるやつか。だからトーマに相談されないんだ」
「えっあいつスカイに相談とかしてたの。どんなこと、兄貴分枠は俺一人で十分じゃ」
「……話を戻すからな。なんか嫌な予感がする。グレンも気を付けろ」
スカイは魔法を解除しグレンをトーマたちの方へ押した。
グレンは困惑を深めている。スカイは脅迫的とは言わないまでも根拠のない焦燥感に囚われているようだった。
アマザ王国とシャングリラの戦力差は圧倒的だ。ガトリングをはじめとした兵器を使うだけでも勝利は確実。加えて反則的な力を持つ転生者が複数名いるのだから万が一のことも起こりえない。これは油断ではなく明確な事実である。
「ならスカイ、トーマと一緒にアマザ王を拉致ってきてくれないか?」
「は?」
「スカイとアオの飛行能力は俺以上だから見つかるより早く王城へ突撃できる。アマザ王国もいきなり国家元首をさらいにくるとは思わないだろう。アオの飛行能力を活かして王城に突撃、サクッとさらって帰ってくれば罠にはまる隙もさらさないで済むと思うんだが、どうだ」
「それなら俺が行く意味無くないですか?」
「トーマ君はアマザ王を逃がさないようとっ捕まえてほしい。追放した相手に片足掴まれて引きずられたらさぞ屈辱的だろうさ」
あとは単純に労働力が必要だった。スカイはアオの操縦に忙しい。アオの足でアマザ王を掴むことも考えられるが力加減をミスってぐちゃってなってしまうとまずい。一応は国家元首である。
これまで何度かアマザ王国へ乗り込んで終戦条約を結んでいるがアマザ王は学習しない。喉元を過ぎれば熱さを忘れるのか度々侵攻をしかけてくる。
一度くらい拉致されて敵地でひどい目に遭えば少しは学習すると思いたい。
「最悪石化させて担いでくればいいか。了解。今から行く?」
「王城の間取りを頭に入れたい。明日にしよう」
「なあスカイ、このあとガトリングの移動手伝ってくれよ。代わりにアオの装備作るからよ」
「任せろ。城に突撃する用に頑丈で軽い鎧が欲しかったところだ」
「フィオナ、トーマ、今日のうちに家を直してしまおうかと思うんだけど今から行ってもいいかな?」
「助かる。フィオナもいいよな」
「いいよ。私はこれからごちそうの準備で三時間くらい帰らないからよろしくね、トーマ」
「「えっ」」
トーマとマギの声が揃った。
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