第14話 マギの気持ち
「そ、そういえば、勢いで来ちゃったけど資材ないよね? またにしようか」
「……すまない、近くで工事してる人たちが余裕で分けてくれてるんだ」
「どんな形に直せばいいか分からないよね」
「実は隣が空き部屋なんだ。カギ借りたから壊れる前の状態も分かるってフィオナにバレてる」
「外堀埋まってるじゃないか!」
トーマの部屋でマギは頭を抱えた。
マギもトーマもフィオナが同席する前提で話をしていた。
フィオナとトーマは同棲している。具体的な関係こそないが、周囲に恋人とか新婚と言われることも多く、トーマもそんな気がしてきたところである。
トーマは恋人的な相手と同棲中の部屋に他の女を連れ込むつもりはないし、マギもフィオナの留守を狙って家に入るつもりはなかった。そんなことして後でバレたら修羅場だ。二人とも修羅場に適切な対処が出来るほど経験値がない。
加えてマギは先日トーマに冗談交じりとはいえアプローチしたばかりである。そのことはフィオナも知っている。なおさら気まずかった。トーマはソワソワ、マギはもじもじしている。
「とりあえず部屋の修理に集中しよう。そうすれば変なこと考えなくて済むはずだ」
「だな。カギ借りてるから隣の様子を見に行こう」
トーマはアパートを借りている。間取りも装飾も隣の部屋と全く同じである。
シャングリラは住民の数以上に賃貸があるので部屋は余っている。管理人も修理できるまで隣の部屋を使っていいと言ってくれた。
シャングリラは温暖な気候なので凍死の心配がない。暖かいわりに虫も少ない。この一か月でレイアウトを整えた部屋を出るのも面倒で気持ちを受け取るだけに留まった。
マギは隣の部屋の様子を魔法で記録した。一分もかからずトーマたちは部屋に戻った。
「部屋の状態は記録したから資材を使ったそれを再現するだけでいいよね。お隣も新品みたいだったし」
「言うほど簡単なことじゃないよな」
建築物を再現するためには構造を把握する必要がある。どんな建材を使ってどう組み合わせるか考えるだけで一苦労だろう。
「ボクの能力なら簡単だよ」
どうやって修繕するんだろうと考えているトーマの前でマギは壁に空いた穴に手をかざした。
すると近くに積んだ建材がふわりと宙に浮かび穴に向かう。自然に形が変わって穴を埋めていく様は不可思議だった。
五分とせずに壁に空いた巨大な穴は塞がった。借りた直後と見比べても分からないくらい綺麗に修繕されていた。
「ま、こんなものかな」
「こんなものっていうかこれ以上が無いだろ。マギ、修繕系の魔法とか研究してたのか」
「いいや。ここで作った即興の魔法だよ」
「半端ないな術式創造」
術式創造はマギが持つチート能力のひとつである。イメージした結果をもたらす魔法を作り出すという万能な能力だ。今回は『トーマの部屋に空いた穴を埋める』というピンポイントな結果をもたらす術式をこの場で作った。
「そう便利でもないけどね」
「術式が出来るだけで効率は度外視されてるんだよな」
「そうそう。だからこそ研究し甲斐があるんだ」
術式創造は万能だが完璧な能力ではない。創造したばかりの魔法はまったく最適化されておらず効率が悪いものばかりなのだ。
たとえば『目玉焼き』と言えばひとことで済むのを『主に鶏の卵を使って作られる、黄身の形状を維持しながら火を通した料理』と表現されているような状態である。
マギはチート能力で目的の結果を生み出す術式を作り、改良して実用化する。大量の術式を細分化し解析することで蓄積された知識は膨大で、チートに頼らずとも様々な魔法を作り出せるようになった。マギの部屋には研究成果を書き記した本が何冊かあるが、シャングリラの魔法技術を数百年先取りしたような内容となっている。
「……部屋の修繕、終わったな」
「……しまったもっと時間かければよかった!」
二人は立ち尽くした。
フィオナに「お礼にごちそうさせてね」と言われてしまっているので、用が済んだからハイさようならともいかない。
外で時間を潰してフィオナが帰ってくる前に戻ればいいような気もするが「冷蔵庫のケーキも食べてね」とも言っていた。言外の意図は読もうとしなくても読めた。無視してマギが帰ろうとしたらどこからともなくフィオナが現れそうな気がする。
二人揃ってフィオナに気圧されていた。戦闘力なら圧倒的に上回っているが、そういう問題ではなかった。
「とりあえずお茶でも淹れるか」
観念したように言うトーマ。ベッドの置いてある部屋でぼそぼそ話し合っているよりリビングで明るくしゃべる方が緊張しないはずだ。
ダイニングに来てもまだ落ち着かない様子のマギを横目にお茶とケーキを用意する。その動作はとてもゆっくりだ。用意しながらどんな話題がいいか考えている。
そしてひとつ、信頼と実績の話題を思いついた。
「マギは前世の記憶ってどれくらい覚えてる?」
前世トークである。マギの話はまだ聞いたことがなかった。
以前スカイと話した際にはデートにはおよそふさわしくないテンションまで落ち込んだ。この話題なら浮かれた雰囲気にはならないはずだ。
「だいたい覚えてるよ」
「え、マジで。俺はかなり穴抜けなんだけど」
ついでに実感がある部分とない部分もまだらである。記憶というより情報と呼んだ方がしっくりくる部分がある。
「トーマはトラック転生だっけ。転生直前に大きなダメージを受けて記憶が混濁してるのかな」
「そうかも。でも転生直前のダメージって関係あるかな。転生ってことはそもそも地球にいた頃と体そのものが違うわけだろ? 魂的なものに記憶があるとして、それは物理的な衝撃でどうこうなるもんなのか」
「試しに前世の記憶を思い出す魔法でも使ってみようか。えいっ」
「……なんも変わらないな」
マギの指から飛んできた光の粒が頭に当たっても何も思い出さない。
「魂の記憶は死ぬ直前の体の状態を参照するとか? トラックに轢かれて頭が大きなダメージを負ってその部分の記憶は魂からも消えたとか」
「トラック転生仲間のグレンさんはかなり詳細に覚えてるっぽいけど」
「交通事故に遭ったからって死因はひとつじゃないだろう?」
頭部を損傷して死亡することがあれば、衝突のショックで死亡することもありうるし、大きな血管が裂けて失血死することもありうる。
大きな事故にあって死ぬ直前に自分の状態を子細に把握している人はほぼいないだろう。グレンに尋ねても検証は難しい。
「それはそうとボクの前世の話だったね。……ボクは普通の会社員だったよ」
「聞いておいてなんだけど、触れて良い話題だった?」
「構わないよ。面白い話じゃないけどね」
マギは淡々と自分の前世を語った。
子供の頃から真面目で勉強が好きだった。誕生日プレゼントに図鑑をねだって、暇があれば鳥や植物を探していた。
学校に入ってからも優等生だった。がり勉とか馬鹿にされるのは嫌だったからメイクも勉強して隙がないように振る舞った。
大学では理系の学部に入った。自分の研究をするのは面白かったし、他のゼミ生の研究を聞くのも興味深かった。
どこかのシンクタンクに就職したかったが、タイミングが悪く募集がなかった。幸い成績は良かったので大学からの覚えもめでたく、それなりの企業に就職することができた。
就職してからも真面目に働いた。新人としては優秀な成績だったと思う。
転機は後輩が出来たことだ。見た目は可愛いが隙だらけで、学生気分が抜けきらない後輩だった。
後輩の尻ぬぐいや指導でてきめんに忙しくなった。自分の仕事が終わらず残業することが増えた。
「そしたら言われたんだ。これっぽっちの仕事で残業するなって」
給料泥棒扱いされた。
頑張れば頑張った分だけ評価されると思っていた。
けれど、後輩を助けた分は何の評価にもならず、後輩のために費やした時間はさぼったものと思われた。かといって後輩の尻ぬぐいをしなければ指導を怠ったと言われた。当の後輩からももっと頑張らなきゃだめじゃないですかと言われた。
転職も考えたが、転職に使えるようなキャリアがなかった。資格も取っていない。
疲れ切って家に帰ったある日。玄関で靴を脱いだ拍子に視界がひっくり返った。
それが前世の最後の記憶。
「足を引っかけて転んで頭でも打ったのか。それとも脳梗塞とかそういう病気だったのか。どっちみちボクは死んだんだろうね。気が付いたらこの世界にいた」
「……なんか胸糞悪くなる話だな」
就職がうまくいかなかったのは仕方ない。就職したい企業が必ず募集しているとは限らないのだから、どうしても行きたい企業があれば資格を取るなどアピールポイントを増やして募集するタイミングを狙うしかない。
だが会社の連中はどうだ。見た目が良いという理由で後輩をちやほや甘やかしたに違いない。それだけならまだしも甘やかして生じたツケを全部マギに押し付けたのだ。当の後輩はどうだ。もし目の前にいたら問答無用でぶん殴る自信がある。
聞いているだけでふざけるなと言いたくなる。それが大人のやることか。程度の低い学校の連中と同レベルじゃないか。
そんな気持ちが顔に出ていたらしい。マギは切り分けたケーキをフォークに刺して、トーマの口元に差し出した。
「落ち着いて。これでも食べな」
「はあ」
トーマは素直にケーキを食べた。そんな姿にマギは苦笑する。
「嫌な思いはさんざんしたけど、恨んではいないんだ。今にして思えばいい経験だよ」
「そうか? 聞く限りろくでもない連中だけど」
自分たちはマギを評価することを怠ったくせに、必死に頑張るマギを泥棒扱いしたような奴らだ。
「ボクも、頑張れば評価してくれるって甘えてたんだ」
「会社の上司は適切に評価するのが仕事なんじゃないのか? 就職したことないからイメージだけど」
「部下の評価も上司の仕事っていうのはあってる。でも、評価されたかったら自分からその材料を提出しなきゃダメなんだよ」
上司の仕事は部下の評価だけではない。部署や会社の意思決定や、外部との交渉だってあった。
自分の仕事を不足なくこなしながら部下の仕事を全て詳らかに把握し、評価するなんて不可能に近い。一人二人ならともかく、マギが務めていた会社はそれなりの大企業だった。部下の数も多い。
そんな中で評価されようと思ったら、上司に分かるように自分の仕事をアピールするべきだった。後輩に問題があるならその点を相談してみるべきだった。
前世のマギは周りが見えていなかった。だからそんなことにも気付けなかった。自分に厳しく考えると、報告義務を怠ったと言えなくもない。
後輩はある意味で周りが見えていて、アピールがうまかったのだろう。
「……もう一回会う機会があったらぶん殴るけど」
マギはボソッと呟いた。経験と割り切っていても手柄を横取りされた恨みは消えないのである。
悟ったようなことを言えるのも生まれ変わったからだ。今も生きていて会社に通っていたなら死んだ目で周りを恨んでいた自信がある。もしかすると自殺していたかもしれない。
「そんなわけで、ボクはもう前世は前世として割り切ってる。シャングリラでの生活は楽しいし。トーマはどう?」
「楽しいよ」
仕事をして、勉強して、忙しくもあるがやりごたえを感じている。学校の記憶と比べればよほど充実している。
ただし悪魔と戦争は勘弁してほしい。
「何よりだ。人生楽しんでなんぼだからね」
「人生語るにはまだ早い……早くもないのか? 大卒で就職経験があるってことは……」
「おいやめろ計算するんじゃない。記憶消すぞ」
マギの目が剣呑な光を帯びた。間違いなくこれまでで一番怒っている。指折り計算なんてしたら頭ごと記憶を消し飛ばされそうだ。
「ごめんて」
「まったく……! 一応言っておくけど、ボクは転生した時からこの姿だからね。転生してからまだ三年くらいだし」
「転生してから三年……姿が変わらない……」
「おいまた余計なこと閃いてるだろ」
「閃いてません」
成長期っぽい姿にも関わらずもう成長がストップしてしまったのだろうかなんて考えていない。
「まったく、胸の脂肪がなんぼのものだって言うんだ。どいつもこいつも。……トーマも大きいのが好きなの?」
「いやまあ別にこだわりは別にないっていうか別に」
「目に見えて動揺してるんだけど?」
「これはそういう話題を振られた時にどう反応すればいいのか分からないゆえの動揺です」
本当である。ぶっちゃけ大きくても小さくてもどっちでも興奮する自信がある。平凡な男子中学生並みの雑食力を侮らないでいただきたい。
女性経験はもちろんない。彼女がいたこともない。あからさまに不機嫌な女性相手にこんな話題を振られて適切な対応を出来る男子中学生がいたら逆に恐ろしい。
マギはふうんと言って矛を収めた。トーマは素直だし嘘を言っているようには見えなかった。
「……トーマさ、こないだボクが言ったこと覚えてる?」
手慰みのようにフォークでケーキを切り分けながら、顔も上げずに言った。
「この間っていつの話?」
「修行初日のこと。トーマとフィオナがいちゃつきやがった時」
「あー」
マギにはパートナーがいないという話をした。いい人が見つかると軽い気持ちで言ったら全否定された上で第二夫人がどうとか言われた。
「その場の勢いで言ったけど、トーマはどう思う?」
「……冗談じゃなかったんだ」
「冗談半分だったよ。でも考えてみたら結構ありかなって」
マギは顔を上げない。顔を真っ赤にして、それを見られないように顔を伏せてじっとケーキを見つめている。
しかし耳まで赤いのでどんな顔をしているのか筒抜けだった。
「別に、フィオナとの間に割って入ろうってわけじゃないんだ。フィオナも好きだし。ずっとパートナーなんていらないって思ってたけど、トーマを見てたらアリかなってなったし、トーマとフィオナが一緒にいるところを見るといいなって思えてきたんだ」
マギは前世から恋人がいなかった。
相手がいなかったし、特に必要性も感じていなかった。
転生してから出会ったグレンたちはそれぞれのパートナーと良好な関係を築いていた。トーマとフィオナが二人でいると暖かな雰囲気が流れてくる。
そんな姿を間近で見ていると考え方が変わってきた。
「恋人じゃなくてもいい。今よりもう少し近くに行きたいだけ。……たまにかまってくれたら嬉しいけど。だめ、かな」
マギはちらりと上目遣いでトーマの顔を窺った。
自分は何を言っているんだろうという気持ちがあった。拒絶されたらどうしようと思った。正面から顔を見られなかった。
「なにそのかお」
マギは噴き出してしまった。
トーマは照れ臭そうににやけながら眉を八の字にしていた。
嫌がっていないことと悩んでいること、ちょっと困っていることが過不足なく伝わってきた。
迷惑がられていないだけでも心に余裕ができる。
「……そんな告白みたいなこと言われたの初めてなんだよ。うまく反応できなくても仕方ないだろ」
「怒ってないよ。ただ、ふふっ、どうしてそんな面白い顔してるのかなって」
「笑わんでくれ。……ええい、可愛いマギにそう言われて嬉しいけどフィオナのことも好きだしどうしたらいいかわからねえってなってるだけですこの話終わり!」
「かわ……」
トーマはこれからもフィオナと一緒にいるものだと思っている。まだ恋人でも夫婦でもないが、ゆくゆくはそうなるだろう。
気持ちの上では恋人がいる状態。他の女性を意識することはなかった。これまでマギと二人きりになっても仕事相手と捉えていたので女性という認識がなかった。
こうして正面から好意を告げられたら意識してしまう。マギとは気が合うし、そういう目で見ればばっちりストライクゾーンだ。フィオナがいるからダメだとブレーキが働いても、この状況を作ったのがフィオナなので減速しきらない。
強引に話を終わらせても二人そろってもじもじしている。初対面同士のお見合いよりもぎこちない。
「くっ、こういう雰囲気にならないように場所を変えたのにどうして」
「な、なんかごめんね」
マギもフィオナとの気まずさを回避しようとしていたのにこのザマである。
だってセッティングしたのフィオナだし、と言い訳してみてもこれからフィオナと会う時には気おくれしてしまいそうだ。マギの中では妻子持ちの男を誘惑したような罪悪感が渦巻いている。
「きょ、今日はもう帰るね。ケーキごちそうさま」
「あ、ああ、こちらこそありがとう。助かったよ」
マギはいそいそと席を立った。せめて見送ろうとトーマも玄関まで付いていった。
靴を履いて、ドアを開けようとしたマギが振り返る。
その顔は赤い。横目にトーマの顔を見つめている。
「……前向きに考えてくれるとうれしい」
トーマは硬直した。心臓発作かと思った。
何か気の利いたことを言わなきゃと考えた瞬間にマギはドアを開けて部屋を駆けだした。
あっ、とトーマが手を伸ばそうとしてもマギが部屋を出る方が早かった。
「まだお夕飯できてないよ?」
そして逃げ切るよりもちょうど帰って来たフィオナと対面するほうが早かった。
すれ違いそうになったところで肩を掴まれ、マギはピャーと悲鳴を上げた。
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