第12話 修行後編

「トーマ君の修行はどんな調子だ?」


 修行が始まって三日目。修行場にグレンがやってきた。


「順調だよ。全ステータスAランクは伊達じゃないね。教えた魔法はもう全部マスターして実践訓練に入ったところ。ほら」


 マギが指差した先ではトーマが複数のゴーレムの攻撃を避けつつ魔法を放っている。各種攻撃魔法でゴーレムを消し飛ばし、時に石化魔法で動きを封じていく。詠唱もなく強力な魔法をどんどん使っていく姿は魔法系チート持ちと比べても遜色ないレベルである。

 チート的身体能力にも慣れてきたため機動力も高い。常に有利な位置を占拠する立ち回りを見せている。


「訓練初めて三日の動きじゃないな」

「伸びしろの塊だよね。むしろボクが用意できるゴーレムじゃ物足りなくなってきたくらいだ」

「そうか。それなら提案があるんだが……」

「なるほど……トーマ、こっちきてー!」

「どしたー。あ、グレンさんこんにちは」


 戦っていたはずのトーマは汗ひとつかいていない。前に会った時と比べると心なしか精悍な顔立ちになっている気がする。


「ゴーレム相手もいいが、他の敵とも戦った方が経験値になるかと思ってな。どうだ?」

「もしかしてグレンさんと戦うんですか?」

「いや。俺の炎は加減が難しいんだ。トーマ君も投石だと加減できないだろう? だから別に相手を用意するよ」

「別の人ですか」


 マギが作るゴーレムは普通のゴーレムよりはるかに強い。これらに代わる相手となるとそう簡単には思い浮かばない。

 戦い方が違っても地力に差があればごり押しできてしまう。マギのゴーレムとは違う戦い方で、トーマの攻撃を食らっても平気で、トーマが死なないよう加減できる存在はそうそう思い浮かばない。トーマは首を傾げた。


「そうだ。来い、ウェルシュ!」


 グレンが左腕を空に掲げる。赤い光が柱のように立ち上り、その先から真紅の龍が下りてきた。

 ずしんと音を立てて地面に降り立ったのは赤龍ウェルシュ。最上位の龍種にしてグレンの相棒である。


「こいつとの戦いなら訓練になるんじゃないか?」


 グレンはウェルシュの前足を叩く。

 ウェルシュは強い。トーマの目の前で数百人を焼き払う姿をこの目で見ている。火力も耐久力も折り紙付きである。


「あの、ウェルシュ相手じゃ俺も手加減とかできないですよ? 逆にウェルシュが手加減なしで来たら焼け死ぬ自信があるんですけど」


 ウェルシュはグレンの言うことを正しく理解する知能はあるが、ドラゴンである。手加減なんてややこしいことを出来るのか疑問が残る。地面を沸騰させるような火力が直撃したらAランクの耐久でも普通に死にそうである。

 暗殺者の攻撃を弾いていたがトーマの攻撃力はそこらの暗殺者の比ではない。全力で攻撃したら殺してしまうのではないかという不安もある。


「トーマくんは手加減しなくていい。ウェルシュはいくらダメージを負っても再生できるからな。俺が直接操作するから加減もできる」

「何それ便利ですね」


 不死身かつ強力な存在を相棒として従えているだけでチート的である。

 心配ないことが分かったので対戦することとなった。

 訓練場付近はマギの手慰みで森と化していたので少し離れたところに移動する。


「よく考えたら手慰みで森を作るっておかしくないか」

「生命魔法の良い練習になるよ」

「練習で地形変えちゃうかー」


 思いのほか大きくなっていた森を横目に眺める位置でウェルシュと向き合う。

 ウェルシュは四足歩行のドラゴンである。座った状態でも体高三メートル程度。四肢は長くないが、立ち上がれば四メートル近くなるだろう。敵として相対するとすさまじい威圧感がある。

 深呼吸して気を落ち着かせる。間違いなくこれまでで最強の敵である。緊張感はゴーレム相手とは段違いだった。

 楽し気なマギが大きく息を吸った。


「では、はじめ!」

「おらぁ!」


 開始と同時にウェルシュはトーマに飛び掛かり、トーマは右腕を振りぬいた。

 先手必勝。緊張して動きが鈍くなっている自覚がある。相手の耐久力も未知数だ。

 とりあえず最強の攻撃を撃ち込んで様子を見る。もし攻撃が通らないようなら逃げまわって落ち着くことにする。

 右手には魔法で作り出した石ころを握っている。グレンも魔法が発動した気配を察したのか、お手並み拝見と言いたげな表情をしていた。

 ウェルシュは赤龍。炎の力が印象的だが基礎スペックそのものが極めて高い。パワーも耐久力もAランク越えでも不思議はない。

 トーマの右手から石ころが放たれた。 


 ウェルシュの頭部が爆散した。


「えっ」

「えっ」

「えっ」


 三人の声が重なった。

 ずずんと音を立ててウェルシュがその場に崩れ落ちる。

 トーマもグレンもマギもなんだか世界がスローになったような気持ちでそのさまを眺めていた。

 トーマが投げた石ころがウェルシュの頭部を粉砕した。

 たったそれだけの事実を呑み込むのに時間がかかっていた。

 他の二人より一瞬早く我に返ったのはトーマである。「うわやべぇこれやっちゃった?」という視線をグレンに向ける。

 何せ頭部である。たいていの生物にとって頭部は急所である。失くしたら即座に死亡する類の器官である。

 ウェルシュはダメージを負っても再生できると言っていたが、死んでも再生できるのだろうか。


「だ、大丈夫だ、ウェルシュは俺が創造した精霊級の龍。そもそも実体なんて有って無いようなもの。頭が吹っ飛んだってたいしたことじゃない」


 ウェルシュを操作するため意識を投射し、頭を吹っ飛ばされる感覚を味わったグレンも気を取り直した。

 そもそもウェルシュはグレンの炎の結晶体ともいえる存在である。実体は騎乗するために持たせているだけであり、グレンが健在なら全身を粉砕されても炎と共に再生する。倒れた巨体はすでに発火し、全身が紅蓮の炎と化す。陽炎に紛れて頭部は再生していた。

 そこに立っていたのは赤い鱗の龍ではなく、龍を象った劫火であった。ラスボスとか裏ボスみたいな風格がある。


「ここからが本番だ、俺のウェルシュがワンパンで負けると思うなよ!」

「手加減、手加減って出来るんですかこれ!?」

「ボクの森がー!」


 ドシャァァァとかゴオォォォとかそんな効果音がしそうな姿である。そばにいるだけでアホみたいな熱風が吹き荒れてマギが作った森がごうごうと燃え始めた。マギは消火活動に取り掛かっているが、トーマとしてはそれより自分を助けてほしかった。

 トーマの質問はグレンの耳に届いていない。立ち上がったウェルシュはトーマをロックオンしている。

 対応を誤ればうっかり殺されそうである。正直逃げたいが背中を向けるのが怖すぎる。


「なぜいきなりこんな死地に放り込まれてるんだ」


 もう一度石を投げるが手ごたえなくウェルシュを突き抜けるのみ。

 どんどん熱は上がりウェルシュ付近の地面は沸騰しつつある。呼吸するだけで肺が焼けそうになる。

 前足が振り下ろされる。実体を解除し軽くなったせいか速度が上がっている。

 とっさに横へ跳ぶ。前足が着弾した地点を見て戦慄する。

 地面にぶつかった前足は爆発し、前方に向かって猛烈な勢いで炎をまき散らしていた。通常攻撃が即死級の範囲攻撃である。そのうえ前足は一瞬で治る。


「自然災害でもこんなのねえよ。『風鎧纏装ふうがいてんそう』!」


 トーマは重点的に練習していた魔術の一つを発動する。

 風鎧纏装。空気の鎧を纏うことで攻撃を遮断し、攻撃する際は衝撃波を巻き起こす魔術である。敵にぶつかれば無反動の衝撃波を放つので殴った感触を失くす意味でも有用だった。

 空気の層がウェルシュの熱を軽減する。まだ熱いがずいぶんマシになった。


「手加減どこいった!」


 振り向きざまに振られた前足の攻撃を上に跳んで回避し、トーマはウェルシュを殴りつけた。

 ボン、と破裂音。トーマが拳を振るうたびにウェルシュの体は大きく削られる。

 ウェルシュは即座に再生する。再生力が高い怪物はどこかにあるコアを狙うのがセオリーだが、それらしいものが見当たらない。

 グレンはウェルシュの奥にいる。グレンを張り倒して止めようにもウェルシュを避けて殴るのは難しそうだ。

 投石だとうっかり殺してしまうかもしれない。うっかり自分を殺しそうになっている相手だと考えればいいかなって気もするが人殺しはNGである。


「つまりこんな時こそ使い時なんじゃなかろうか。石化ぁ!」


 マギ直伝の石化魔法はあらゆる抵抗を無視して対象を石化させる。それはウェルシュでも例外ではない。

 トーマに近い部分から石化していく。石になった部分は熱を放たない。それどころか石が熱を遮ってくれるおかげで楽になっていく。


「わははっ! コレ対ウェルシュ特効魔法じゃないか! さっさと全身石になってしまえ!」

「あっ! ウェルシュ負けるな! くそっ、こうなれば最終形態……!」

「最終形態じゃないんだよ馬鹿!」

「い“っ!?」


 トーマとグレンが激戦を繰り広げているとマギがグレンの頭をぶん殴った。その辺にあったでっかい石ころでの一撃である。

 グレンの集中が切れると同時にウェルシュの姿が薄らいでいく。同時にグレンの意識もうっすらしていく。いくらマギの筋力が貧弱でも頭頂部から血が出るほどしたたかに殴られたら効く。戦闘中ならまだしもウェルシュの操作に集中していたのでなおさらである。

 白目をむきながらグレンが崩れ落ちた。


「まったくボクがせっかく作った森になんてことするんだ! 動物も住み始めて楽しくなってきたところだったのに。あんまり調子に乗ってるとシャングリラを崩壊させちゃうからな! おい、聞いてるのかい!」

「待ってマギ、多分聞こえてないから。もっかい石を振りかぶるのやめたげて!」


 悪魔とか関係なくグレンが死ぬところだった。


―――


「トーマくんすごかったな。最後の一撃とか意識が持ってかれたぞ」

「あ、ハイ。そうですね」


 マギの暴挙を止めて回復魔法を施すことしばし。グレンは目を覚ました。

 頭の傷は塞がっている。うまいことマギに殴られた記憶がトんだのか、トーマの攻撃を受けた衝撃で気を失ったと思ったようだ。

 トーマは否定しなかった。忘れた方がいいこともある。ちなみにグレンを殴った石にはでっけえヒビが入っている。


「もう戦闘面の心配は必要なさそうだな。最初の攻撃はなんだったんだ? ウェルシュの頭を粉砕するってただの石ころとは思えないんだが」

「あれは超重鉄鉱石です。マギに教わった魔法で超硬度、超重量の金属を作ってぶん投げました」

「だいたい百キロくらいの石を出したよね。肉体強化で投擲の威力も上がってたし。亜音速くらい行ったかな?」

「お前ら空母でも沈めるつもりなの?」


 グレンはドン引きしていた。

 拳銃は弾丸を亜音速で飛ばすものがあるが、拳銃弾の重量は十グラム以下に収まることが多い。物体のエネルギーが質量×光速度の二乗という物理法則がこの世界でも適用されるなら、トーマの投擲は拳銃弾の一万倍以上の破壊力があることになる。グレンが知る限り戦車砲でもそんな威力は出ない。

 悪魔の身体能力は一般人とそう変わらない。オーバーキルにもほどがある。街中で使われたらトーマの投擲でシャングリラが壊滅しかねない。

 いったい何を目的に訓練していたのだろうか。


「だって今回はウェルシュ相手じゃないですか。よく考えたら対悪魔を想定するならドラゴンやゴーレムと戦ってもあんまり役に立たないですよね」

「……言われてみればそうかも」

「とっさに動く訓練にはなるんじゃないか? でもトーマ君、街中で石投げるのだけはやめてくれな」

「はい」


 どんどん投擲の威力と精度が上がっていくのが楽しくて突き詰めすぎてしまった感はある。間違っても街中で全力投石だけはするまいと心に誓う。


「……ん?」


 ふと大きな気配がこちらに向かっていることに気が付き空を見上げる。遅れてグレンとマギも上を向く。

 空に現れたのは飛竜の影。スカイの騎竜、アオだった。

 アオはトーマたちめがけて急降下し、ろくに減速もせず着地した。


「スカイ、どうした!?」


 スカイは騎竜に負担がかかるようなことを嫌う。それがあんな雑な着地をさせるなんて間違いなくよほどの事態である。

 グレンの問いに対し間髪入れずスカイが叫んだ。


「アマザ王国が攻めてきた!」


 それは宣戦布告なしの侵攻。

 ひとつの国からシャングリラという都市に対する明確な敵対行為。

 シャングリラは固有の領土と市民を持ち、独立した政府が統治している。理想都市と呼ばれているが実体はひとつの国家と言える。

 アマザ王国が攻めてきたからといって主権を放り出すはずがない。そうなれば戦いになる。


 国家と国家の戦い。それを戦争と呼ぶ。


 トーマはシャングリラの事実上の代表者であるグレンの顔を見た。

 戦争なんて教科書や物語の中でしか知らない。現実に訪れた脅威に対し、グレンの反応やいかに。


「あ、また来たんだ」

「うっとうしいねえ」


 グレンもマギも「蚊が出る季節になりました」くらいのテンションだった。

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