第11話 修行前編

「というわけで修行編の開幕だ! 素早く効率的に済ませよう」


 トーマとフィオナはシャングリラ近郊の平野にいた。大きな岩の上で大きな身振りで宣言したマギを体育座りで眺めている。


「マギせんせー、質問です」

「なんだいトーマくん」

「なんで岩の上に乗ってるんですか? わざわざ作ってましたよね」

「先生側の目線が低いと威厳がないように感じるからだよ! あんまり余計なことに突っ込まないように」

「はい」


 マギは岩を消して地面に降り立った。まったく、と不満げに口をとがらせている。


「さて、今日から二人の修行を始めます。以前も魔法の授業はしましたが、これからは戦闘に特化した授業です」

「前は魔法を使った戦闘ってちょっとだけやって終わったよな」

「ボクはあんまり戦闘魔法が好きじゃないんだ。こんなに面白くて楽しい使い道が山ほどあるものを暴力で終わらせるなんてもったいないじゃないか」

「トーマはマギのところに通ってましたけど魔法を使った戦い方は習わなかったんですか?」

「習わなかったなー」

「教えなかったねー。基礎は教えたけどほとんどボクの実験に付き合ってもらってただけだし。悪意探知結界もトーマが手伝ってくれた研究成果で作ったものだよ」

「役に立ってた、やったー。空中浮遊とか移動系は覚えたけど、戦うのは投石で十分だったから」


 ファイヤーボールとか習ってすぐ使えるようになったが、戦闘時には全く使っていない。

 理由は二つ。ひとつは投石で十分な火力だったこと。もうひとつは投石より強い魔法は発動が面倒くさいということだ。

 トーマはシャングリラに来てから初めて魔法を使った。魔法に触れ始めてようやく一か月である。

 強力な魔法は制御が難しい。薬草を取りに行って、邪魔な魔物を倒すために森ごと薬草を焼き払ったら本末転倒である。かといって丁寧に制御して魔法を放つのは労力がかかる。全部ピンポイントで高火力な石ころ先生に任せればいいんじゃないかなとなった。

 飛行魔法は覚えたてばかりの頃はしゃいで使っていたが、最近では走った方が楽なのであんまり使っていない。


「話を戻そう。トーマの場合、戦闘力は十分なんだ。だから防御力と瞬発力、あと攻撃の手ごたえを失くす方向で取得してもらう。こないだ石化魔法を覚えればいいって言ったけど、石化魔法は後回し。トーマたちの命の方が大切だからね」


 トーマは耐久のパラメータがAランクなのでよほど大口径でなければ銃弾が直撃しても無傷である。けれどトーマの常識が素受けを躊躇わせるので防御魔法を覚える。

 投石が主な攻撃手段なので石を拾うというひと手間がかかっている。とっさに攻撃できるよう、あらゆる状況に対応できるよう各種石を創造する魔法を覚える。

 最大の課題である攻撃への忌避感を減らすための魔法も覚える。石化魔法は重要だが、トーマが戦えるようになる方が優先である。

 トーマといることが多いフィオナは悪魔の襲撃に巻き込まれやすいと判断して修行に加わっている。


「マギ、私はどんな魔法を覚えるの? 私が支援魔法をかけるよりトーマが悪魔を倒す方が早い気がするんだけど」

「フィオナに覚えてもらうのは自分を対象にした防御魔法だね。トーマのそばにいると悪魔の襲撃に遭いやすいだろうから狙われないようにね。あとは万が一に備えて回復魔法も前より深く覚えて行こう」

「分かった。足手まといは困るからね。……トーマ、どうしましたか?」


 トーマはフィオナをじっと見ていた。しぱしぱまばたきする様子は何かとてつもなく珍妙なものを見てしまったかのようだ。


「なんかフィオナ……マギには敬語じゃないのね……?」


 トーマが知る限りフィオナは誰とでも敬語で話していた。だから敬語でないと話しづらいのかと思って指摘しないでいた。

 なのにマギ相手には砕けた口調で話していた。

 トーマはショックを受けていた。これがNTRというやつかと考えてしまうほどである。

 ぷるぷる震えだしたトーマにフィオナは慌てて弁明する。


「あの、これはちがくて、前に私も授業を受けたんですけど、その時に敬語は堅苦しいからやめてって言われて、それ以来ずっとこんな話し方をしていたんです」

「俺は一か月同じ家で暮らしてても敬語なのに……もしかしてほんとは同居イヤ……?」

「そんなことないです! 一緒にいてくれて嬉しいです。敬語に慣れているんですが、もしトーマが嫌なら敬語をやめますよ……?」

「じゃあその、距離を感じるのでやめてもらえると嬉しいです」

「なんでトーマが敬語になるんですか。じゃあその、トーマ、こんなふうに話しかけていい……?」

「とてもいいです」


 恥じらった感じの言い方がとても可愛かった。そんな表情を見ているとトーマも照れ臭くなって顔を見合わせて照れ隠しするように笑ってしまう。

 ウフフアハハと二人の世界に入っていると、


「おい二人とも、ボクの存在を忘れないでもらおうか」


 額に青筋を浮かべたマギが絶対零度の視線でぶっ刺してきた。

 トーマが我に返ってマギの方を見ると針のような山が出来ていた。山頂からレーザーのような勢いで水が落ちている。


「さっそく修行を始めようか。トーマ、とりあえず滝行しようか滝行。ほらそこに立って」

「遠慮します。サクッとバカでかい滝作るのやめて」


 マギは舌打ちしながら山を消した。百メートル級の構造物を一瞬で作ったり消したりするのにも慣れつつある自分が怖い。


「どいつもこいつもいちゃつきやがって……」

「キャラ変わってるけど大丈夫? マギならいい人見つかるって」

「適当なことを言うなッ! いい人見つかる!? いい人がどこにいるって!?」

「やたら顔が良いフリーの人とかいるじゃん。話してみたら案外気が合うかも」

「顔が良いのは認める。でもあいつら軒並み主体性ってものがないじゃないか!」

「あー……」

「お人形みたいな男は趣味じゃないんだ」

「そもそもマギって男に興味あるの? あんまり恋愛興味なさそうなイメージなんだけど」

「正直あんまりない。……けど、グレンといいムラマサといい相手がいて、しかもトーマまで目の前でいちゃつきやがるとこう……焦りが生じるというか……」

「なんかごめん」


 マギはうなだれた。さほど必要性を感じていなくてもパートナーがいて当たり前みたいな雰囲気があると不安になるのである。

 いちゃついていた自覚はなくても申し訳ない気分になった。

 謝るとマギが視線を上げてきた。じっとトーマの顔を見てくる。


「……そういえばトーマって愛嬌のある顔をしているよね」

「そ、そう?」

「仕事にも勉強にも積極的で主体性もあるし……ところで話は変わるんだけどトーマ、小柄だけど頼りになる魔法使い系女子とか興味ないかな!?」

「一ミリも話変わってなくない」

「この際第二夫人でもいいから! フィオナちゃんとの仲を邪魔したりしないから! ボクが出かける時にいってらっしゃいと言って、帰ってきたらただいまって言ってくれるだけでいいから! 一人で老いさらばえるのは嫌だよう!」

「ちょっと落ち着け!?」


 マギのキャラが崩壊しつつあった。第一夫人がまずいないし、恋愛に興味がない割には必死さがにじんでいる。

 トーマが見る限りマギは十代だろう。焦るような年齢には見えないが、転生前の年齢を加算してしまっているのだろうか。うかつに触れてはいけない気して落ち着けとしか言えない。

 男がうかつに踏み込めばろくなことにならない気がする。


「フィオナ、たすけ……」

「夫人……私が第一夫人……?」

「駄目だこっちも落ち着いてねえ」


 マギとフィオナが正気に戻り修行が始まるまでしばらくかかった。


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