第10話 悪魔対策会議
「というわけで、対策が必要だよ」
朝食を取り、仮眠したのち。トーマとグレン、ムラマサは図書館にいるマギのもとへ集まった。
「マギ、これって転生者の集まりじゃないの」
「そうだよ。どうにも今回の襲撃は転生者を狙ったものだったみたいだからね」
「ジークフリートやスカイは……?」
「スカイは
トーマたちが調べたと言っても、探索後に忍び込んだ悪魔がいないとは限らない。スカイは空から街に異常がないか見守っている。
ジークフリートは誘ってもほとんど来ない。しかし呼ばないと拗ねるので欠席することを前提に声だけかけている。
悪魔撃退直後のように言いたいことだけ言い捨てて勝手に立ち去られたりしたら迷惑だ。情報は後ほど伝達するので無理に連れてくる必要はない。他の転生者と顔合わせくらいしておきたいところだが、何か考えがあるなら悪魔対策を優先してもらった方が良い。
会議室に防音結界を多重に張ったうえで会議が始まった。
口火を切ったマギが議題を書いた紙を配る。
記載された項目は三つ。
① 悪魔の捜索結果について
② 侵入予防策について
③ 今後の対応について
「とりあえず①については問題ない。俺とトーマ、マギで調べ回ったが悪魔は出てこなかった。今のところ新たな被害報告も上がっていない」
「私も『シャングリラに対する悪意』と『転生者に対する悪意』を感知する魔法を使ったけど見つからなかった。現在、シャングリラ内に悪魔はいないと考えてよさそうだ」
「トーマ、災難だったな。叫んでくれて助かった。家が壊れたんだろ、今度直すの手伝ってやるよ」
悪魔の捜索結果はただの再確認である。つつがなく終わった。
本題はここから。グレンは渋い顔をしている。
「②については、検問の強化だな。さっそく今朝から開始している」
「今までほとんどフリーパスで移民を受け入れていたからね」
マギはしみじみと言った。
シャングリラは各地で虐げられている人を集めて作った街だ。今も移民希望者が訪れる。
そんな人々に対し審査は最低限で済ませていた。悪魔もその中に紛れて街へ入ったと思われる。
シャングリラはお互いを認め、受け入れることを前提に作られた都市だ。相手を疑って審査するのはグレンにとって好ましくないが住民の安全には替えられない。
「あとはボクが作っている悪意探知結界だ。シャングリラもしくは転生者に対する害意を感知して警報を鳴らす仕組みを構築してる。検問とのダブルチェックで侵入は抑制できるはずだ」
「仕事が早えな。オレはそっち方面からっきしだから手伝えることがあれば言ってくれ」
「その言葉を待ってたよ。結界維持用の道具制作をお願いするからよろしくね」
「藪蛇だったか」
ムラマサは顔を引きつらせていた。街ひとつを覆う結界を展開するための道具というのはどれだけの大きさと数になるのだろうか。家の修理を手伝ってもらえるのはしばらく先になりそうである。
「この③の今後の対応っていうのは何を話しあうんですか? 対策が出来たならもう話すことがない気がするんですけど」
「ここまではシャングリラとしての対応だ。ここからは俺たち個人の話になる。戦闘力を持たない一般市民に被害がないことを見るに、悪魔たちは転生者を狙っているらしい。転生者の中でも戦闘慣れしてないやつ、生産系の職業のやつは自衛手段を身に着ける必要がある」
つまりトーマとムラマサである。
ジークフリートとグレンは複数の悪魔に狙われても平然と対応していた。どちらも銃弾の雨に晒されようと意にも介さず、グレンに至っては街を照らし周囲のフォローまでする余裕ぶりだった。
対するトーマは一人の悪魔を相手にびくびくし、たった三人の悪魔を相手にてこずっていた。実力の差は歴然である。
「俺はともかくムラマサも対策が必要なんですか?」
生産職だが悪魔をサクサク切り捨てたらしい。今も腰に佩いている刀は素人のトーマの目にも使い込まれた業物に見える。心配する要素はなさそうだ。ムラマサ本人も不思議そうな顔をしている。
「トーマ君、まだろくな装備持ってないだろう。この機会にムラマサに作ってもらえ。金なら俺が出す」
「あ、そういう」
「確かに店に来たことなかったな。冒険者やってるんだろ、装備はどうしたんだ」
「石ころと自前の身体能力でなんとかしてました」
「ああ、全能力Aランクだっけ。このへんじゃ石ころひとつで十分か……十分なのか?」
ムラマサは疑問符を頭に浮かべている。
普通は石ころだけじゃ無理である。石ころと一口に言っても大きさはまちまちで、簡単に見つかるものは手のひらに収まる程度のサイズしかない。岩サイズのものが欲しいなら半分以上地面に埋まっているのを掘り出さなければならない。お手軽な手のひらサイズの石ころでは軽く、大型の魔物には直撃してもダメージを与えづらい。Aランクの筋力と急所を狙う正確性が合わさってなせる技である。
「ムラマサさんのところで装備作ってもらおうと検討したんですよ。でも試しに石投げてみたらなんとかなったんでそれでいいかなって」
「そうは言っても街中で投石は難しいだろう。
「……それはそう」
「護身用なら持ち歩けるものか。短剣とかどうだ?」
「ボクは疑問なんだけど、トーマに武器って必要なの?」
ムラマサがこんくらいの、と短剣の長さを手で示す一方でマギが首をかしげていた。
「悪魔は身体能力が高いわけじゃない。防御力だってそこそこ程度だ。トーマの腕力なら殴ればおしまいじゃないかな」
冷静になって昨夜の戦いを思い出すと悪魔が弱かったと分かる。
動きは訓練されているように見えたが特別速いわけではない。トーマが片手で投げつけたベッドで怪我をして、どかすのにも手間取っていた。魔法を使う様子もなかった。
単純なスペックで言えば一般人に毛が生えた程度。トーマの足元にも及ばない。
苦戦したのは拳銃を向けられたことにビビったせいだ。トーマのスペックなら、最初にベッドを投げる必要もなく拳銃を奪って殴り倒すことが可能だっただろう。腰が入っていれば最初のベッド投擲で倒せていた可能性もある。
「……人を殴るのが嫌なんだ。人殺しは絶対にしたくない」
暴力を振るうことに強い抵抗を感じる。冒険者ギルドで受ける依頼も採取系がメイン、可能な限り戦闘を避けている。
魔物は問題なく倒せるようになっていた。気は進まないが躊躇って仕事に支障をきたすことはない。
人間相手は魔物相手とは違う。感触が無くても殺してしまう可能性を考えただけで体が止まる。
「殴る感触が嫌なだけで刃物を使えば大丈夫なの?」
「多分大丈夫じゃない。剣をもらっても使えないかもしれない」
人を傷つけることそのものに忌避感がある。殺害は絶対にいけないと心のどこかで思っている。刃物なんて持ったらなおさら戦えなくなるかもしれない。
「トーマ君、悪魔はこっちを殺しに来てるんだから相応の対応をしないと」
「だな。戦えないってのは情けねえぞ」
グレンとムラマサが若干の呆れを交えて言う。
反論はない。言わんとすることは分かる。
相手は殺すつもりで来ている。部屋に侵入して拳銃を向けてきたのだから疑う余地はない。
もしもトーマが躊躇ったら反撃されるかもしれない。取り逃がして他の誰かが被害を受けるかもしれない。
そう考えたら容赦なく叩きのめして取り押さえるべきだ。何も悪くない人が殺される可能性を考えたら敵を殺すべきだと理解はできる。
けれど、嫌なものは嫌だ。
もやっとしたものを感じる。グレンたちの意見に一理あると思っても全面的に肯定することはできない。肯定できない理由が感情しか思い浮かばないので反論できず喉が詰まったような気分になる。
「グレンもムラマサも何を言ってるんだ。トーマの主張はまっとうだろう」
言いようのない不満を感じているとあっさりマギが反論した。
男三人の視線がマギに向くが、マギは堂々と続けた。
「人を傷付けたくない、まして殺したくないと思う感性は人として健全だ。力があるからってそれを人に向けて喜んでいるやつがおかしいんだよ、本当は」
今度はグレンたちが黙り込んだ。
倫理で考えればマギの言うことが正しい。
チートを手に入れて良い気になって暴れまわる転生者を見たことがある。ムラマサと一緒に召喚された同級生たちがまさにそれだ。チート能力を盾に好き勝手振る舞う姿を見て思うところはあった。
けれど、悪魔を野放しにして被害が出るのを見過ごすのも違うのではないかと思ってしまう。
そんな二人の心情を理解しているのか、マギがパンと手を叩いて考え込むグレンとムラマサの注意をひく。
「グレンたちが言うことも分かる。街の人に被害が及ぶことを考えたら悪魔たちは速やかに排除すべきだ。捕まえても情報が取れない、どうやってか拘束しても抜け出すという性質を考えたら殺すのが一番早くて確実だろう」
悪魔は消える。脱出不能の牢獄に閉じ込めようが、一歩も動けないよう縛り上げようが原理不明の方法でその場から消え去ってしまう。
生き残ってまたシャングリラを襲うリスクを考えたら殺してしまうのが最善である。
「悪魔は排除しなければならない。トーマは暴力を振るいたくない。どちらも正しさがある。なら両立する方法を考えるのが一番だ。そうだろう?」
「……何かアイデアがあるのか」
グレンが問うとマギはよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張って答えた。
「悪魔を完全に石化させてしまえばいいじゃない!」
男三人が固まった。
それぞれ言いたいこと、ツッコミたいことがあるが、うまく出てこなかった。
最初に立ち直ったのはグレンである。
「……今回の悪魔はマギの石化魔法を食らっても逃げたよな?」
「ああ、だから今度はあんな中途半端な術式じゃなくて、脳の芯まで完全に石化させる。ボクやトーマに限れば実用化できるはずだ」
今回マギが悪魔に使った術式は体表を石で覆うことによる動きを封じる魔法である。読心魔法を使うため相手の意識が残る魔法を選んだ。
悪魔はまともに動けない状態で、魔力を使う気配もなく消えて行った。
シャングリラ最高の魔術師たるマギでも原理は分からないが、推測できる部分はある。
「前提として、これまで奴らは自分でタイミングを見計らって逃亡していた。これはグレンにも異論はないと思う」
グレンは頷いた。
これまで何度か悪魔と接触しているが、悪魔がいきなり姿を消すことはない。まずは戦うか普通に逃げようとする。戦っても勝てないと悟った時、逃げられないことが確定した時に姿を消した。
「仮に奴らは『逃亡』という魔法を使って離脱しているとしよう。この『逃亡』術式には二つの特徴が考えられる。ひとつは術者の意思で発動することだ」
「それはどの魔法でもそうじゃないのか」
「基本的にそうだね。だから、術者が考えることもできない状態になれば発動しない。頭部を完全に石化させれば、殺さず捕獲できるはずだ」
代わりに読心魔術も無効になるけどね、と呟いた。脳が動かず思考していなければ思考の読みようがない。
「マギ、それって結局殺してるようなものじゃないのか」
トーマがおずおずと手を挙げる。
殴り殺すよりも絵面は穏やかかもしれないが、相手を石に変えて思考もできない状態にするなら殺すのと大差ない。
「安心したまえ、石化なら解除できるから。悪魔たちの正体を掴んで逃亡術式を無効化できれば解除してやるさ」
「じゃあオレからも質問だ。さっき逃亡の魔法には二つ特徴があるって言ってたが、もう一つは何だ?」
トーマがそれならまあ許容範囲内かと胸をなでおろしていると、ムラマサが手を挙げた。
マギは満足げに腕を組んだ。
「良い質問だよムラマサ。もうひとつの特徴は何らかのデメリットがあることだ」
「何らかってのは随分アバウトじゃねえか?」
「さすがに推測で詳細は分からないよ。分かるとすれば、軽いデメリットじゃないってことかな」
「連中が何か代償を払って逃亡しているということか? そんな様子は見られなかったが、根拠はあるのか」
グレンが首をひねる。悪魔たちは魔力すら使わず姿を消してきた。デメリットと言われてもピンとこない。
「悪魔は単体ではさほど強くない。これはここにいる全員の共通認識だと思う」
「そうだな。真っ向勝負なら千人束になってかかってきても簡単に焼き払える」
「それは悪魔たちだって分かっているはずなんだよ。全員同じような格好をしているのに別の組織に属しているとは考えづらい。同じ組織なら情報共有くらいしているはずだろう。正面戦闘で勝ち目がないなら、対面したら即逃げるべきなんだよ」
「確かに無理やり戦うよりも即撤退した方が戦力を温存できるな。逃亡術式の存在を知らない時期ならまだしも、今さらまともに戦う意義は薄いか」
グレンたちはこれまで何度か悪魔と遭遇している。どれほど拘束しても関係なく逃げるので、遭遇した悪魔の大半は即座に殺している。
もしも逃亡術式にデメリットがないなら転生者に見つかった瞬間に逃げるべきだ。戦って情報収集しようにも彼我の実力差が大きすぎる。
たとえばグレンは今も昔も炎熱で銃弾を蒸発させつつ視界に入った悪魔を発火させるという戦術を取り続けている。アップデートする必要もなく同じ戦術が通用してしまっている。
命がけのリスクを冒して同じ情報しか手に入らない。そんなことが続けば挑戦しようとは思わなくなるはずだ。
無意味な特攻をするより見つかったら即撤退し、今回のような作戦に人員を大量に投入するほうが有意義だろう。
「ボクが思うに悪魔の数はそう多くない。逃亡術式には死亡に近いデメリットがある。だから見つかっても情報を得られる可能性に賭けて戦うんじゃないかな」
悪魔の数に限りがないなら街への侵入作戦をもっと大規模にできたはずだ。
シャングリラはこれまで外部からの侵入者に無警戒の状態だった。一度でも侵入者が問題を起こせば警戒するのは自明のこと。最初の一回を小規模に行うメリットは少ない。
ゆえに悪魔の数は限られている。
逃亡術式にデメリットがないならもっと積極的に活用しているはず。命がけの状況でも極力使用しないのは死亡に近いデメリットがあるから。
ゆえに追い詰められても悪魔は最後まで戦おうとする。
「筋は通ってんな」
「あと、逃亡術式による転移先は限られていると思う。とっさに座標指定して転移なんてできるはずないし」
「だったら本拠地を押さえてしまえば逃亡術式は無効化したも同然だな。……よし、会議はとりあえずここまでだ。眠い!」
「ぶっちゃけたねグレン」
「夜からほとんどぶっ続けで行動し続けてきたからな。マギもそうだろう。眠い頭で考えても良い案は出ない、ここらで解散!」
「あ、仮眠室あるから使っていいよ。次元遮断結界張ってるから悪魔も侵入できないはず」
「ありがとう、借りる!」
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