34【合点】六
「みづちは音出すんですよ。開戦の狼煙というか、よしやるぞ、みたいな気合というか。あれ聞くと、敵味方問わず高揚したり士気上がったりするんで、戦闘から離脱しづらくなるんですよね。歯止め利かなくなるっつうか。だから、あぁ、さわらが抜刀してやがんなと思ってー…」
「あんな苦々しい顔をしていたわけだ」
「そんな顔してました? あの時は色々重なりすぎて考えるのが面倒臭くなっててですね……。あ、そうだ。なんかさっき、さわらに色々聞いてたんで、あいつに代わって答えときますけどー…。俺らなんかまだまだ代替わりしたてのペーペーなんで。それこそ、鬼みたいにおっかない人とか、熟練の使い手わらわらいます。わわさん、あー、えっと、鈴鹿みづちの鬼神、
「いいねぇ、主を選ぶ太刀。浪漫がある。その選んだ主、さわらクンの腕が落とされたのに反撃しなかったのは何故だい?」
「さぁ。その場にいなかったんでわかんないです。油断してたか、顕現する暇もなかったか。顕現すれば有利ってわけでもないですしね。鍔迫り合いやってる時に顕現して刀身消えたら、叩き切られて終わるでしょ? まあそういう、諸々込みで「不貞腐れてる」んじゃないですか」
鬼壱はきれいに食べ終えた弁当の蓋を閉め、「ごちそうさまでした」と手を合わせた後はのんびり食後のお茶を飲んでいる。
それに続くようにヨズミ、弐朗も食べ終わり、虎之助はとうとう三箱目に突入、さわらと刀子はマイペースが過ぎるのか、未だに一箱目を食べている。
弐朗は膨れた腹を撫でつつ、しみじみ考える。
さっきまでやりあってた連中と昼飯食ってんだよな。
東京からやってきたポロは鬼壱さんたちの探してる妖刀とは関係なくて、俺らにとってもただの流れの狂いで。それを処理しちまえば、確かに、敵対する理由はないわけで。わりとボコボコにされたけど、こっちもさわらの腕切り落としたし、痛み分けでとんとんー…。
破れた制服と、割れたスマートフォンを除けば。
さわらが妖刀で突いて弾き飛ばしたスマホは見事に画面が割れていた。一応電源は入り、アプリ類も起動するにはしたが、満足に使えるとは言い難い。刀子が腕ごと切ったさわらの制服は、皮剥の特性上、切断面を合わせることで元に戻せたが、さわらが穴を開けた弐朗と虎之助の制服はそうもいかない。
弁償。
そんな単語が脳内でちらついたが、弐朗は喉まで出掛かった言葉を飲み込んで小さく首を振る。
折角ヨズミが客人としてもてなしているのだ。細かいことを話題にあげて空気を悪くしたくはない。
「あんまり遅くなってもあれなんでー…そろそろ、お暇します」
最後までのんびり箸を進めていた刀子が食べ終え、一息つくのを待っていたのだろう。
鬼壱は傍らの竹刀袋とヘッドホンを引き寄せ、立ち上がる素振りを見せる。
それに合わせてさわらも正座のまま深く頭を下げ、破れたうぐいす色の竹刀袋を手に立ち上がる。
「そんなに急がなくても、と言いたいところだが、キミたちも早く帰って休みたいだろう。まさかネカフェで一泊とはねェ。部屋は幾らでもあるから、言ってくれたら泊めてあげられたのに」
「侵入する予定のお宅で寝床借りる……?」
「特急と新幹線使っても、京都まで四時間弱はかかるようだ。特急で名古屋まで出て、そこから新幹線が一番早い。最寄りの駅は鈍行しか出てないから、ここから一時間掛かる大きな駅まで車で行くのがいい。お風呂は断られたが送迎は承諾してくれたからね、車を回すよう言ってある。あと、邪魔にならない程度にしたから、是非お土産も持って帰ってくれ」
「送って頂けるのは助かります。でもお土産って。そんな気を使って頂かなくて大丈夫なんで……」
「大したものじゃないから。紙袋三つ程度なら大丈夫だろう?」
「おっ、……多いですねえ……。え、もう用意しちゃってるんですか」
「うん。鬼壱クンの分と、さわらクンの分。それぞれ三つずつ」
「わぁ。まさかの一人三袋」
「大丈夫、軽いものばかりだから。お菓子とお茶、後は名物を幾つか。賞味期限も余裕のあるものしか入れてないし。あ、食べ物じゃないほうがよかったかな? ビール券とかお米券とかオンラインゲームのコードとかホテルの優待券とかタオルとかガウンとかあるよ。少し重たいが、水晶の灰皿とかどうだい。うちの会社の名前入りだ。詰め直そうか」
「や、食べ物で、食べ物がいいです。食べ物が。ありがとうございます……」
「そうかい? じゃあ車に積んでおくから。降りる時に忘れないようにね」
弐朗は押し負ける鬼壱の様子を眺めつつ、全員の弁当箱を集めてゴミの分別をした。
箱を重ね終えれば、虎之助が「通用口のとこでいいですよね」と、まとめて運んで行く。
スマホを確認したヨズミが「車の用意ができたよ」と声を掛け、鬼壱とさわらを伴って玄関へと移動する。弐朗と刀子、遅れてきた虎之助もそれに続いて玄関を出た。
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