33【合点】五

 刀子は丸い目を輝かせながら、さわらの顔を覗き込んできゃっきゃと話し掛けている。


「みずめさわらちゃんだから、さわちゃんだ。さわちゃんってよぶね。とーこはとーこです! くれはのとーこ! とーこってよんでいいよ! さわちゃん、うでのちょうしはどうですか!」

「俺は阿釜弐朗、好きに呼んで。あ、俺とトーコ同学年だから敬語使わなくていいぜ。なぁなぁ、あの白い鞘の刀、俺が抜こうと思っても抜けなかったんだけど、どーなってんの? あれも奇鬼さんみてぇに猫とか動物になって出てきたりすんの? なんて銘だっけ。あ、俺の血刀、磔刀俄雨っつーの!」

「とーこの血刀はねー、削刀皮剥っていいます! さわちゃんのうでをすぱぱっとやったこれです。おりたためるんだよ。べんりでしょー。さわちゃんは、血刀はぬかないの?」

「妖刀使いって抜刀の時に血使わなくていいんだろ。いいよなぁ、貧血とかないじゃん。でもそれ持ち歩くの大変そうだよな。なぁなぁ、十九ってなに? さっき鬼壱さん言ってたっしょ。ジックサンロがどうのこうの。神様みてぇなカンジ? 七福神とか八部衆とか。鬼神って有名な鬼とかも入ってんの? シュテンドージとかさ、なんだっけ、色々いるじゃん!」

「さわちゃんとってもつよつよだったねー。じろくんととらくんがぼこぼこに」

「な。マジで強かった。あと、固かった! 十九って皆あれぐらい強ぇの? もしかして自分が一番強かったりする? キーチさんとだったらどっちが強ぇ?」

「じっくをさがすたび、いいなー! あと何人さがすの? さわちゃんがおさむらいで、きちさんがにんじゃだ? さすがにんじゃきたない! とーこは黒魔法使いでさんかしますね。じろくんはとうぞくとひーらー、どっちがいい?」

「盗賊とヒーラーって両立しそうにねぇ職だなぁ」


 両側から弐朗と刀子に質問攻めにされても、さわらは何を返すでもなく手元の弁当をッと見下ろしている。

 しばらく勝手にしゃべっていた弐朗と刀子だが、さわらが全く何の反応も見せないため、そっとさわらの弁当の蓋をとり、手元に箸を寄せてやり、さわらの後ろで顔を見合わせる。

 「めいわくだったかな?」「電池切れてんじゃねぇの?」「単三でいいかな?」と囁き合ったところで、ようやくさわらから返事が返ってきた。


「……自分は、こういった会話は不得手で。申し訳ありません。どうお答えすればいいのかー…。考えている内に、何を聞かれたのかわからなくなりました。紅葉刀子さんと、阿釜弐朗さん、で、お間違いないでしょうか」

「あ、いやいやこっちこそまくし立ててゴメンな! そう、俺が弐朗で、」

「とーこがとーこです! かたなのこ、でとーこ!」

「じゃあ、えーと。無理に返さなくてもいいから、まぁ、ゆっくり食べて……?」


 さわらは頷くと箸を手に取り、松花堂弁当を右端から順に一区切りずつ、片付けるように食べていく。仕草は丁寧、作法もきちんとしているが、どうにも極端な印象を受ける食べ方だ。


 こうなると、さわらを挟んで刀子としゃべるのも感じが悪いよな、と弐朗は気を揉んでしまう。弐朗は初対面の相手とでも気後れせず話せるが、誰もがそうではないことは理解している。よく知らない連中に囲まれて食事をするのが苦手なタイプもいるだろう。


 刀子はさわらの返事がまともに返らずとも、「これおいしいね」「くさのってるね」「どこのぶいかな」「これあげる」とマイペースに喋り続けている。

 その愉しそうな様子に弐朗も会話に混ざりたいとそわそわするのだが、さわらの処理能力を思うと、自分がしゃべるペースを落としても二対一は無理だろうなと簡単に想像がついてしまう。


 しょうがねえ、トラの相手してくっか!


 同時接続に制限のあるさわらは刀子に任せ、弐朗は食べかけの弁当を持つと、端の席でひとり黙々と食べている虎之助の隣に移動することにした。


 虎之助は既に一箱を空にし、今は目いっぱい白米を盛った茶碗を片手に二箱目に箸をつけている。

 何食わぬ顔で隣に移動してきた弐朗に、「何しにきたんだ」とでも言いたげな視線を向けはするものの、食べることに集中したいらしく文句は言ってこない。

 虎之助もさわらと同じように松花堂弁当を一区切りずつ、片付けるように食べ進めているが、こちらは特に順番は決まっておらず、適当に目に付いたものから食べているような減り方だった。上品に少量盛られたおかずなど、虎之助にとっては一口サイズなのだ。箸で丸ごと持ち上げて次々に口に放り込んでいく様が、段々犬か何かに見えてくる。


「そういやお前、さわらちゃんの持ってたやつが妖刀だって最初から気付いてたわけ?」


 弐朗がしめじの餡かけが乗った卵焼きを食べつつ問えば、虎之助は箸を止めないまま「何のことですか」と逆に問い返してくる。


「いや、ほら。トーコがあいつの腕落とした後、お前、結構すぐに「納刀」って言ってきたじゃん? なんか知ってたのかなーって」

「……嗚呼、それですか。ただの太刀に血刀折られて堪るかっていうのは、ありましたけど、妖刀だって確信があったわけじゃないです。ただ、もしあれが妖刀なら、抜刀しておくと面倒臭いなと思っただけです。親戚の伯父さんから幾つか妖刀の話、聞いてたんで」

「へえ! へえ! なにそれ、どんな話?」

「色々ですよ。妖刀使いとやりあう時は実質二対一だと思えとか、妖術みたいなの使ってくるのもいるとか。鞘に納めておけばずいを見せないって話もあったんで、言ってみただけです。伯父さんは「妖刀の奇瑞は「抜けば玉散る」も比喩じゃない」みたいなこと言ってましたけど。あの妖刀、鈴鹿みづちだと、意味は違いますけど「打てば響く」でしたね」

「……ぬけばたまちる? う、うてばひびくって、どういう意味だっけ」

「……。先輩、前に八犬伝の話してませんでした? 打てば響くは、本来の意味は、「すぐに反応がある」みたいな意味ですけど……。今はそのまま、言葉通りの意味です。打ち合ったら凄い音したじゃないですか。耳鳴りみたいな」

「ハッケンデン。発見伝。聞いたことはある。はァー、打てば響く。はァー、なるほどなぁ。音ォ? あー…言われてみればしてたか。してたわ。なんか聞いたことない音な」


「蔵まで響いてたよ。そうか、あれはさわらクンの妖刀の奇瑞か」


 そんな取り留めのないやりとりに、鬼壱との会話を中断したヨズミが「なるほどなぁ」と口を挟んでくる。

 そして鬼壱へと振り返り、説明して欲しいな、とばかりに黙って待てば、諦め切った表情の鬼壱が投げ遣りに解説してくれた。

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