32【合点】四

「じゃあ結局、ポロクンはキミたちが探している十九とは関係なかった、ってことでいいのかな?」


 弐朗と虎之助の話題が逸れ、弐朗が思い出したように虎之助の脇腹の傷を確認し始めたところで、確認とばかりにヨズミが問えば、奇鬼は眠そうな目でゆっくり瞬きをし「だなぁ」と短く返した。

 瞬きをすると目の位置がわからなくなるほど、のっぺりと黒い。


「確かに妖刀の気配はあったが、十九じゃあねえな」


 この瞬間、鬼壱とさわらの数日は全くの徒労で確定したのである。


 鬼壱が「また無駄足かぁ」と溜息を吐く横で、それまで微動だにせず奇鬼の話を聞いていたさわらが畳に額を押し当て、「折角ご足労頂いたのに申しわけありません」と今にも腹を切りそうな重さの謝罪を繰り出している。

 その見事な土下座っぷりに鬼壱も気圧されたか、責める言葉はない。


「じゃあ、彼はこのままこっちで処分しても問題ないね。持って帰ると言うなら、業者に包んでもらうが」

「あ、いいです。いいです。そちらにお任せします」

「遠慮しなくていいのに。回収してもらっただけで、もの自体はまだ残ってるから、今ならどんな状態にもできるよ。まあ、要らないなら検体として欲しがりそうな人がいるから、業者経由で病院に回されるかな」

「あ、そうだ。病院で思い出した。あの、昨夜ちょっと手違いでおまわりさん二人ほど負傷させちゃったんですけど……。奇鬼使って病院に行かせたんで、もしなんかあったらよろしくお願いします」

「なんだ、それもキミたちの仕業か。連絡はもらってるよ。パトロール中に襲撃されたらしいが、記憶があやふやだっていうからあやかしの類いかと思ったが、そうか、奇鬼殿が。それにしてもー…「また」ってことは、結構多いのかな。こういう空振りは」

「ええ、まぁ。当たり引くほうが珍しいぐらいなんで……」

「会合に顔を出すのは十数振りという話だったが、キミとさわらクンの他はどんな人たちがくるんだい?」

「どんな、ですか。北は北海道から南は石垣まで、性別も年齢も色々ですよ。俺は石垣の使い手とは会ったことないですけど。興味あるなら御大に聞いてください。京都の御大。十九の総代、「おう」の継承者です。関西じゃわりと有名な血刀使いなんですけど。わかります?」

「うん、さねすけから聞いた名前だ。なんでも、滅多に人前に出てこない謎の多い人物だとか。菓子折りを持って行ったが、挨拶もさせてもらえなかった、と報告があったよ。これが京都の一見さんお断りかって笑ってたんだけどね。真轟の名前の所為で敬遠されたかな。うちの先代たちときたら、まとめて京都出禁になってるらしいからねえ! その御仁の連絡先、もし可能なら教えてもらえると助かるんだが。そうだ、鬼壱クン、私とドリムク交換しよう。アカウントあるかな?」

「謎の多い……? 一見さんお断り? へぇ、そんな風に思われてるんですか、あの人。一応素性は隠してるみたいですけど、ばればれっていうか、別に普通の人ですよ。京都土産は八ツ橋配ってりゃいいと思ってる人です。え、ドリムク……、はー…、えぇっと。すみませんねぇ、今、スマホ手元になくて」

「嗚呼、荷物はコインロッカーだったね。身元の分かるものを一切持たずに侵入してくるとは、つくづく用心深いな。捕まるようなヘマをする男には見えないが、いや、全く恐れ入る。じゃあ私の連絡先を渡しておくから、よかったら登録しておいてくれ。我々は中部にはそれなりに顔が利くんだが、西の事情はあまりわからないんだ。十九のことでわかったことがあれば教えるよ。色々情報交換しようじゃないか」

「わぁ……アリガトウゴザイマスゥ……」


 心眼を持っていない弐朗にもさすがにわかった。

 鬼壱が、連絡先交換をそこはかとなく迷惑がっていることが。


 しかしヨズミは全く引く様子も見せず、ぐいぐいいく。

 度を越えた積極性。それこそが真轟ヨズミの真轟ヨズミたる所以でもある。

 鬼壱は手書きの電話番号、メールアドレス、SNSアカウントを手渡され、なんとも言えない顔で目を細めている。


 そうこうしていれば、廊下から「お食事をお持ちしました」と声が掛かり、ヨズミの「入れてくれ」の言葉を待って、人数分よりも多い弁当箱が運び入れられる。

 運んできた使用人も心得たもので、皆の前にはひとつずつ、虎之助の前には残りの弁当が積まれていく。虎之助は当然のように一人だけおひつと茶碗も置かれた。仕方がない、虎之助は米が足りないと腹が膨れないのだ。


「さあ、お待ちかねの昼食がきたよ。ここらでいったんお昼にしよう」

「じゃあ俺はあっちのほうで……」

「鬼壱クンにはまだまだ聞きたいことがあるから、是非私の横で!」

「えぇ……」


 鬼壱はヨズミが手放さないため、弐朗は自分の分の松花堂弁当を持ってさわらの隣に座る。さわらを挟んだ隣には刀子が座り、弐朗とさわらの分の湯飲みにお茶を注いでいる。

 虎之助は目の前に置かれた弁当に早速手をつけ、場所移動する気配はない。


 そういえば奇鬼は、と弐朗は軽く周囲を見回すが、茜色の尾を揺らす黒猫は弁当到着時にテーブルを下りた後、どこに行ってしまったのか姿が見えない。

 現れた時同様、気付いたらいなくなっていた。

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