第28話 駄菓子屋教室風に、価値と権利の、哲学考査だってさ。
「どうしてって…」
「ふふふ。困ったねえ。答えられないのかい、ヒビキ君?」
ヒビキは、少し、たじろいでいた。男の子は、そんなヒビキを見下したように言った。
「でも、その空腹の理由が、納得のいかないものであったとしたらどうするんだ?」
「納得のいかないもの、だって?」
ヒビキの頭は、混乱していた。
が、男の子は、至って冷静。
「たとえば、遊んでいて空腹になっちゃった、とか。働かないで遊び回っていたから、空腹になっちゃった、みたいな」
「それは、ひどいな」
「だから、金をよこせ。恵んでくれよ。腹が減ったんだ。いいから、よこせ。誰がこの社会を作ってあげたと、思っているんだ。そう言ってきたなら、どうだろう?君は、それでも、その人に、駄菓子という価値を恵んであげられるだろうか?」
男の子が、優雅に締めた。
「それは…」
返答に、詰まった。
「空腹で尋ねてきた人のまわりでは、皆が働いて、真面目な社会が、作られようとしていた。まわりの人は、汗びっしょりになって働いて、空腹になっていたんだ。けれど、君のところにきた人は、新卒一括採用コースに乗って、優雅に遊んでばかりいた人だ。遊び疲れて、空腹だったわけだ」
男の子は、先を急いだ。
「…」
「その状況で君は、食料という駄菓子最大限の価値を、その人に分配できるのかな?」
「う…」
「どう?」
「それは、その場合は…」
「ヒビキ君は、駄菓子屋の最高責任者として、その人に何かを与えられる権限をもっていた。その状況を、良く考えてみて欲しい。価値と権利の、哲学考査だ」
男の子は、そう、繰り返した。
「さあ、どうするんだ?」
「うーん」
「早く決めてくれないと、悪魔の水を浴びせる」
「何だと?」
「悪魔の水だ」
「ひどいだろ、それ」
「社会は、ひどいんだよ。甘くは、ないんだよ。君は、そのことに、気付いてきていたんじゃなかったのかい?」
「う…」
「水を浴びせて、君を豚に変えてやる」
男の子は、笑った。
「さあ、どうするんだ?」
ヒビキは、迷いに迷ってしまった。
すると、男の子は、悲しい顔をし始めた。
「そうした状況では、ほとんどの人が、遊び疲れた人には、駄菓子を分けてあげないんじゃ、ないだろうか?」
ヒビキは、うなずくしかなかった。
「普通は、そう思うだろう?」
「ああ」
「やっぱり」
「そうかもな」
「そうだよな、ヒビキ君?」
にやりと、していた。
ヒビキを、冷たく見ていた。
「皆と同じように働かなかったあなたが、悪い。遊んでいてお腹が空いたあなたには、駄菓子はあげられないっていうことだね」
そして、こうも言った。
「あなたは、遊んでいても恵んでもらえる駄菓子社会にいたから、生きられただけ。これからの新しい社会では、そんなあなたは、必要とされない。だから、もう、駄菓子はあげられない!そうも、思っていたわけだね」
きつい、言い方だった。
「まあな…」
「そういうことなんだね?」
男の子は、あるべき先生のようだった。ヒビキは、腕を組んで構えた。
男の子は、いよいよ大物の政治家となっていた。
「しかしだね、ヒビキ君」
「何?」
「働かない人には駄菓子を恵んであげられないだけでは、何も解決しないのかもね」
「そうか?」
「それはさ、たぶん、学校で教えるような考え方にすぎないよ。マニュアル通り、教科書通りの力では、社会は動かない。じゃあ、どうすべきなのか。そうした多角的教育性にも、駄菓子屋教室の教えが生きてくるとは、思わないかな?」
男の子は、そこで黙ってしまった。
「マニュアル通りじゃ、ダメなのか?」
ヒビキは、思わず言ってしまった。その言葉に男の子は、黙りを終結。
「それは、価値の分配の失敗シチュエーションかもよ!」
男の子は、静かに言って、目を閉じたのだった。
男の子に追放されたと感じて、抵抗した。
「おい。目を、閉じるなよ。駄菓子をふんだんに持っているというのなら、少しくらい恵んであげても良いじゃないか。たとえ、不本意であったとしても、さ。それが、駄菓子を持っている人の特権じゃないか!」
つい、叫んでしまっていた。男の子は、それを聞くと、目を開けてくれた。
「じゃあ、君は、その人に駄菓子を恵んであげられるんだね?」
男の子に笑われそうになったヒビキは、負けていられなくなった。
「ああ。俺は、駄菓子を恵んであげるさ。たとえ、不本意であったとしてもな!そうしてあげることで、社会が変わるのならな!」
「そうか…」
男の子は、今度は、安心したような表情を見せてくれた。
「そうかもね。遊び疲れた人にも、駄菓子で元気になってもらって、今度こそまわりと同じように働いてもらえるようにすれば、良いのかもね。そこから、皆を幸せにする新しい新たな駄菓子が開発されていくかもね」
男の子が、真面目な顔つきになった。
「さあ、もう良いだろう」
「もう、良い?」
「満足できたよ。満足した駄菓子論に、なったよ」
「そうか」
「…うふふふふ。参っちゃったなあ。何だか、別教室の教えを、思い出してきちゃったよ」
男の子が、混乱の声を、振りまこうとしていた。
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