第27話 「外れても、いつかは当たるシステム」の素晴らしさ。または、ある駄菓子クジの、裏話

 男の子の声が、復活してきたのだ。

 「ヒビキ君?」

 「またか。何だ?」

 「駄菓子屋のクジって、面白いだろう」

 「ああ」

 「今から、秘密の話をしよう」

 「秘密の話?」

 「ここまでついてきてくれた、礼だよ」

 「…」

 「駄菓子屋クジにも、いくつか種類があるってわかったよね?」

 「ああ」

 「そのうち、箱の中にくじ引き用紙を入れておく物がある。子どもは、その箱の中に手を突っ込んで、紙をとるシステムだ。当たり紙だけには、スタンプが押してある」

 「ああ」

 「たとえば、だ。30枚あったくじ引き用紙の中に、スタンプ付きの当たりは3枚だったと、仮定する」

 「…」

 「そこで、秘密の話だ」

 「…」

 「そのくじ方式には、トリックが施されたといわれる。ある時期から、いつかは当たるそのシステムも、あの組織によって、変えられちゃったんだよ」

 「ある組織?」

 「まあな」

 「駄菓子の、秘密結社なのか?」

 「…」

 沈黙は、男の子に移っていた。

 「答えろよ!」

 「今は、言えない。その話は、また後で」

 「ちぇっ…」

 「話を、戻す。あの組織も、考えたもんだ…。そのおまけ方式には、手が加えられたからね。いきなり当たりが出てしまうことを、恐れたからだ」

 「いきなり、当たりが出た…。ああ、あったなあ。そういうことも」

 「するとおばあちゃんは、困った。子どもの好奇心が、急激に、落ちてしまうからだ」

 当たりは、30枚中の3枚。その状況で、いきなり当たりが出てしまったら、どうするのかと、男の子が説明を始めた。

 「子どもはもう、やりたくなくなるよ」

 「そうだろう?すでに当たりが2枚出ちゃって、残り28枚の中に当たりが1枚だけの状況になっちゃうことだって、あったからね」

 「そりゃあ、計算上は、そうなっても、不思議じゃない」

 「そうなっちゃったら、敬遠されちゃう。残り28枚の中に当たりが1枚だけになっちゃったと知った子どもは、こう思う。…あれ?もう、当たりが、出ちゃった。じゃあもう、当たりは出ないかもな?って、さ」

 そう思われた駄菓子屋は、窮地に立たされた。おばあちゃんは、戦闘不能に陥った。

 「クジが売れなくなったら、どうしたと思うのかね?ヒビキ君!」

 「何だよ」

 「駄菓子屋のおばあちゃんは、どのような神の手を、施したと思う?」

 「知らん」

 「考えなよ」

 「ちぇっ」

 「君は、考えろ。何にも考えなくてもコースに乗って生活できた世代じゃ、なかったんだろう?考えて、動きなよ」

 「わかったよ」

 「それで?駄菓子屋の神は、どうしたと思うんだい?」

 「…不正に、手を染めた。みたいな」

 「ほぼほぼ、当たり」

 「まじか!」

 男の子の説明は、残酷だった。

 「おばあちゃんの神の手は、クジ用紙に、迫った」

 くじ引きが開始された初期、神は、当たりスタンプを押した紙を、わざと、箱の中に入れていなかったのだという。

 こうして神は、時間稼ぎに、成功した。

 「ひひひ…」

 当たり紙は、神、おばあちゃんが、後々こっそりと、箱の中に入れたのだった!その不正は、ミラクルイリュージョン!神だからこそ許された罪、だったのだ!

 文句は、言えなかった。

 「あんた…いちいち、文句言うんじゃないよ!このおばあちゃんを、何だと思っていたんだい!早く家に帰って、宿題しなさいよ!この、小学生が!」

 そう、逆キレされるだけだ。

 「犬は、寝せておけ!」

 「はあ?」

 「触らぬ神に、たたりなし」

 駄菓子屋教室は、強烈教育だった。今になって裏を知った大人も、多かっただろう。

 「まあ…駄菓子屋の神のしたことだから、仕方なかったのか?」

 「ヒビキ君?わかってきたじゃないか?」

 神の駄菓子屋は、聖域だったのだ。

 「ヒビキ君?わかってきた?これが、僕たちの、駄菓子屋教室さ」

 「駄菓子屋教室、か…」

 「ああ。そうさ」

 「面白そうだな」

 「うん。面白いよ」

 「すごい教室だな」

 「そうさ。駄菓子屋教室は、すごいのさ。駄菓子屋教室の教えは、奥が深いのさ。駄菓子屋教室は、先の見えない迷宮。ここでは他にも、価値の分配ということについても、良い教えをしている」

 「何だよ、それは?」

 「知りたい?」

 「ああ。教えてくれないか」

「そうか。しかしその言い方は、そぐわない」

 「そうだった、そうだった。教えてください、だ」

 「そうだ」

 ヒビキは、完全に、駄菓子屋教室の生徒となっていた。

 「準備は、良いかい?」

 2人の間に、そよ風が、吹いた。

 「では…。駄菓子屋教室を、再開する」

 男の子が、咳払いをした。

 「素敵なおまけが木になっている状況を、創造して欲しい。その仮定から、駄菓子屋の必要性やありがたみがわかってくるはずだ」

 大それたことを、言うのだった。

 「駄菓子屋における、価値の分配論だ!」

 新たな教えが、始まった。

 男の子が、なぜかシルクハットを頭にちょこんとのせて、話しはじめた。

 「良いかな?」

 「ああ」

 「何でも考え、かんでも知ってみるのさ」

 「わかったよ」

 「仮定だ。君は、駄菓子屋を経営していたとする」

 「…」

 「あるとき、君が経営していた駄菓子屋の元に、お腹をぺこぺこに空かせた人が尋ねてきたとしよう。その人は、今にも、死にそうになっていたとする。今すぐにでも、何かを食べたい。君は、駄菓子屋の経営者だ。さあ君なら、どうするんだ?」

 「決まっているじゃ、ないか」

 「ヒビキ君?何が、決まっているのさ」

 「俺なら、その人に、喜んで駄菓子を分けてやる。当然だ」

 ヒビキは、自信をもって言ってやった。

 「そうか。でもどうして、当然といえるんだい?」

 見事な、カウンター攻撃。





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