第26話 …もう、過去には、戻れない(←神曰く、新卒一括採用のバカげたやり方について)
わかったようなわからない理屈に、飲み込まれそうだった。
「人は、過去から学んでこそ、成長できるものだ」
「ああ」
「過去から学んでこそ、成長できる。社会は特に、そういうもののはずだよね?」
「ああ」
「わかってくれた?」
「…つまり、駄菓子屋という名の過去を上手く調整して学ばせていくことで、人に、あるべき流れの社会を気付かせる。考えさせ、イノベーションの土壌を整えてあげる。それで、結果的に社会を変えていこうと、いうわけなのか?」
「おお、ヒビキ君は、難しい言い方をするんだね」
「でも、そういうことなんだろう?」
「もう少しわかりやすく言わないと、社会では、嫌われちゃうかもよ?」
「わかったよ。悪かった」
「でも、まあ、ビンゴ!そういうことなんだよね。良き駄菓子屋の思い出で、人は、心が豊かになる。大人の心を豊かにさせるのには、都合が良かっただろう。さらには、新しいおまけ案の愛に溢れた駄菓子屋を利用した子は、大きくなってから、その思いを糧に何かに生かしていくことができるようになる。大きくなって、社会を前進させられる人に成長する。すると、何かが変わる!っていうことなんじゃないのかなあ?」
「うーん」
「どうかな?」
「そっちだって、わかりにくいい、言い方じゃないか」
「これはまた、手厳しいねえ」
「ふん」
駄菓子屋は、子どもたちの心を釘付けにするために、様々な工夫を、こらしていたようだ。駄菓子屋によるその努力の結晶ともいえるものの1つが、これだった。
「外れても、いつかは当たるシステム」
そのシステムが考案されたのとほぼ同じころに、ヒビキらの経験した氷河期に近い就職難社会が、訪れていた。
偶然のタイミングでは、なかった。
「外れても、いつかは当たるシステム」
それは、駄菓子屋ソサエティの議長タカチホの承認を受けて法案化された、最高クラスのシステムだという、うわさだった。
「外れても、いつかは当たる」
就職難社会で泣かされた子には、大いなる慰めの言葉となれただろう。
駄菓子屋は、工夫を重ねた。
「おばあちゃん?あれが、欲しい」
「じゃあ、くじを引いてみな」
「当たる?」
「そんなの、おばあちゃんには、わからないよ」
「どうすれば、あれが、もらえるの?」
「だからさ。くじを、引いてみな」
「大丈夫かなあ。外れたら、どうするの」
「とにかく、引いてみなよ」
「当たるかなあ…」
「いつかは、当たるようになっている。何度でも、チャレンジできる。やってみな。おばあちゃんは、ウソ、言わないからさ」
「じゃあ、何度でも、やってみる」
子どもたちは、景品欲しさに、何度も何度も、くじを引いた。
「ほら。失敗しても、良いじゃないか。おばあちゃんの店は、やり直せるんだ。うちの子みたいに、新卒一括採用っていう、あの、バカげたやり方なんかしないからね」
「あ、ハズレ」
「もう一回、やってみるかい?今度は、当たるよ」
「本当?」
「そんなの、おばあちゃんには、わからないよ」
「ケチ」
「ケチも、おまけのうちさ…」
「その言葉、覚えてやる!ひどい、おばあちゃんだ」
「ひどくはないさ」
「…あ、ハズレだ!おばあちゃんの、せいだ!」
「私は、悪くないさ。くそガキめ」
「もう、1回!」
「あんたも、負けないねえ」
「…あ…あ…!おばあちゃん!これ、当たりだ!これ、当たりだ!やった、やった!景品、もらったあ!」
「あんた…良かったねえ。このおばあちゃんに、感謝しなよ?どんなに努力をしても当たりは引けないなんて悲劇は、この駄菓子屋じゃあ、あり得ないんだからね」
「やった…」
「ほら?おばあちゃんの、言った通りだったろう?」
「うん!」
「うちのバカ息子の言っていた新卒一括採用っていうのは、最悪の、クジだわい。1度当たりが引けなければ、もう、這い上がれないんだ。今度こそ、当たりを引きたい。新卒扱いで、チャレンジさせてよ!って言ったとしても、もう遅い。その子は、新卒のヒヨコちゃんから卒業して、もう、大鳥になってしまっていたんだからね」
「…なあに、それ?」
「大人の、話さ」
「ふーん」
「過去には、なかなか、戻れないよ」
「そんなもの、なのかなあ?」
「いずれ、わかるさ。…もう、過去には、戻れない。そう言っていた人がいたけれど、場合によっては、間違いではなかったんだねえ」
「…」
「しかし、それがエンディングであるというのは、かわいそうすぎるってもんだ」
「…」
「優秀な大鳥たちは、努力しないで温室でのんびり育てられた新しいヒヨコちゃんに、ポストを奪われちゃうんだからね。貧乏くじだよ。もう、過去のは戻れない、か…。駄菓子屋のおまけも、不正操作されちゃえば、大人の言葉でいうところの、出来レースのようなものだねえ」
おばあちゃんは、静かに、目を閉じた。
「おばあちゃん…?」
「なんだい?」
「あ、起きた。死んじゃったと、思った」
「バカ言ってんじゃ、ないよ。この、小学生が!」
「おばあちゃん、ごめんなさい!」
子どもは、無邪気だった。
クジを当てたときには、飛び上がってしまうほどの恍惚感を、覚えられた。
「当たったー!友達に、自慢しよう!」
子どもにとってのプライドが、保たれた。
「外れても、いつかは当たるくじ」
それを用意してあげられたということは、他人への共感ができたということ。
苦しむ人を救おうと、していた。駄菓子屋には、子どもなりの心模様を認めてあげようという努力があったわけだ…。
「ふん。駄菓子屋も、やるじゃないか」
ヒビキが感慨にふけっていると、また、不思議な感触がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます