第23話 駄菓子屋教室は、社会での見方は多様だと、教えた。「キャンデーの味も、多様だろう?」「なるほど??」
「何だと?」
ヒビキは、狭い教室の中に、立っていた。
「狭いなあ…。典型的な、駄菓子屋だ!」
教室の奥行きは、3メートルほどだったろうか。
すでに中に入っていたヒビキは、教室の外側、つまりは店先を眺めていた。
店先には、ガチャガチャもなければ、レトロゲーム機も、設置されていなかった。
ただ、店内の横幅は、長かった。
その先には、テーブルとイスが、用意されていた。
「あそこで、子どもたちは、店で買った物を広げて食べるって、いうのか?」
店の入口扉は、木製の、引き戸だった。
そこに、店の人はいなかった。駄菓子屋のおばあちゃん的な、駄菓子屋神も、お客様という神も、存在しないようだった。
「あ…!」
そこら中に、あの懐かしい駄菓子たちが、踊っていた。
菓子類は、大切な宝石だった。梅ジャム、ミニラムネ、マーブルチョコ、あんこ玉、フーセンガム、ゼリー、カステラ、さらにはキャンデー、キャラメルらが、列をなして騒いでいた。
遊び道具だって、たくさんあった。
あやとりにはじまって、おはじき、風車、紙風船、おはじき、ビーズ、カラフルなバッチに、けん玉、フリスビー、こま、サングラス、ベーゴマ、クラッカー、ヨーヨー、スーパーボール、ビー玉、びっくりハンド、なわとび、投げ玉とも呼ばれたかんしゃく玉、メンコ。これは、ペッタンとも、呼ばれたはずだ。
たくさんのわくわく感が、渦巻いていた。
それらは、冒険島の金塊のように、折り重なっていた。そして、種類ごとに、きちんと並べられていた。
「スーパーボール、かあ…。弾ませて、弾ませて、怒られたもんだ。そう言えばあれって、俺が俺が生まれたころは、流行っていなかったよなあ?スーパーボール自体は、あったのに。途中から、流行り出したんだよな」
それを聞いて、神の目が、光った。
「おや。小学生め。面白いところに、注目したじゃあ、ないかい」
「そうか?」
「良し、なぜ、途中からスーパーボールが急激にはやり出したのか、聞かせてはくれんかね?」
「う…」
「あんたの頭で、考えてみるんだね。ひゃはははは」
「…」
「やってみな!小学生!」
神の挑発を受け、ヒビキは、頭を巡らす羽目になった。
「何だよ、ばばあ。うーん…。なぜだったんだろうなあ?」
考えに、考えた。
「くっそー、ばばあは、うるせえなあ…」
「聞こえてるんだよ!」
「ひい!」
考えるしか、なかった。
「そうだよ、そうだよ。昔は、縁日でも、そんなに、売られていなかった。そのスーパーボールも、今じゃあ、当たり前のアイテムになった。社会状況が、変わったからなのか…?」
ぶつぶつと、言ってしまった。
神の怒りを回避しなければならない気になってきたから、酷だった。
「なぜだか、考えてみな。考えて生きないと、新卒の学校先生のようなレベルになっちゃうって、言ってるじゃないか!」
「…わかったよう」
「学校の先生は、公務員だ。良い身分、じゃよ。あたしの駄菓子屋では、そんな体たらくは、許さないがね」
「…ひでえ、言い方だ」
「考えなよ。この、小学生めが!」
「また、かよ。いちいち、声を弾ませてくるなよ!」
「生意気言ってんじゃ、ないよ!」
「何だよ?そんなに、声弾ませて…。弾ませて…。そうか!」
「…わかったのかい?」
「そうだ!スーパーボールが、あんなにも流行り出したのは、スーパーボールが弾む社会状況に、なったからなんだ」
就職氷河期世代の子たちは、いくつかのヒントから、自分なりに組み立てて、物事の事実を見つけていく作業ができた。
なぜ、社会は、ここまでできた世代を切り捨てて、スマホ検索で終わりにしてしまう世代のほうに、手を差し伸べたのか?
「今どき世代の子は、かわいそう」
どこが、かわいそうなんだ!
…日本の、大失敗。
「そうか。そうか…。わかったぞ!」
「おや。聞かせて、おくれよ」
「社会の変化で、アスファルトが、増えたからだ!そうだろう?」
「ほう」
「アスファルトが増えて、ボールを弾ませる遊びが、楽しくなってきたんだ。田んぼ道じゃ弾まなかったスーパーボールも、アスファルトの上でなら、大きく弾む。その遊び方が楽しくなってきて、子どもたちに、受け入れられていったんだよ!」
「…考えたじゃないか、小学生」
「どうだ、ばば…おばあちゃん!」
「まあ、良いだろう」
神の声が、ヒビキの心の中に、進入してきた。
「スーパーボールの遊びの流行には、道路の舗装が進んだことが後押しになったと、言われるね。あんたの子どものころは、まだまだ、町の道路が、舗装されていなかったんじゃないのかい?」
「だよね、ばばあ!」
「…こら、小学生!ばばあとか、言ってるんじゃないよ!」
駄菓子屋の神による教育は、続けられた。
学校の先生の面目、丸つぶれ。
駄菓子屋のばばあのほうを、公務員にすれば、良かったのにね。
「ああ、満足だ」
「じゃがねえ…、小学生よ?それも、1つの見方に過ぎないかもしれんよ?社会の答えは、1つじゃないんだからね?あんたも、気を付けな」
「…ちぇっ」
「まーだ、生意気な、ガキだね」
「うるせえなあ」
「うるせえとか、言ってるんじゃないよ!」
「悪かったよ」
「社会での見方は、多様なのさ」
「うん」
「キャンデーにも、イチゴ味のものもあれば、メロン味のものもあって、ミカン味とか、…とにかく、多様なんだよ。わかるか、小学生?」
「わかった」
ヒビキの声は、かわいらしいトーンに変わっていた。
「良いかい、小学生?こう、考えることもできる。なぜ、あんたの子どものころ、一時期に集中して、スーパーボール遊びが流行ったのか?もしかしたらあれは、何者かが、わざと流行らせたんじゃないのかって、ね?そう考えることも、できるんじゃよ」
「わざと、流行らせた…?」
「ああ…そうだ」
「秘密結社か?」
「スーパーボールを流行らせる秘密結社なんか、あるか!」
「また、怒られた」
「あんたは、スーパーボール遊びは、何者かが、わざと流行らせたんじゃないのかって、思わなかったのかね?」
「うーん…」
「考えるんじゃ。考えるんじゃ」
「何かの得が、あったのかなあ?」
「そうじゃ。考える大人に、なるんじゃぞ」
「うーん…」
「自分自身の頭で、考えるんじゃ!その力は、社会で、生きるんだからね!あたしが死んだ後の日本社会を動かすのは、そういう人たちであるべきなんじゃ!」
…おっと、残念。
これは、神の、想定外となった。
優秀な就職氷河期世代の子たちは、蹴落とされたんだもの。
「えっと。…誰かが、スーパーボール遊びを、流行らせた?わかんないなあ。きっと何かの得があったから、流行らせたんだろうけれどなあ…」
「その考え方は、ガキのクセに、尊いね」
「ガキ、ガキ、言うな。ばばあのクセに」
「ばばあなんて言ってんじゃ、ないよ!」
「うるせえ、ばばあ!」
「あんた!小学校の先生の、真似だろう?」
「そうだよ、うるせえなあ」
「何だと、小学生!あんな身分は、参考にするんじゃないよ!」
「何で、また怒られなくっちゃ、いけないんだよ!」
「うるさいんだよ、小学生め!用事が終わったのなら、帰りな!早く帰って、宿題しろ!」
「ちぇっ」
言い返せなかった。
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