第22話 今どき世代の子は、押しくらまんじゅうの遊びって、知っているの?競争とか、はじかれるとか、なさそう(←就職氷河期世代が、うらやましがっています)

 そこにいる人たち皆を救おうと、必死だった。

 が、できそうになかった。

 タクシーのキャパ、許容人数制限で引っかかり、皆を救えそうになかったということもある。が、救えなかった理由は、他にもあった。

 努力して入ろうとすればするほどに、捨てられることとが当たり前の社会に生きてしまったヒビキには、男の子が、手に余りすぎたものだった。

 「…こいつを、押し込めないものだろうか?無理かなあ。どうせ、がんばって入り込もうとすればするほど、弾かれるってものなんだからな」

 慎重になってしまい、大胆な行動に出にくくなってしまうのは、就職氷河期世代の辛いところだった。

 「こんなときにも、何をしたって許されて、かわいそうだなんて言ってもらえる今どき世代の子たちが、うらやましくなるってもんだ。駄菓子屋に、いってた頃…。子どものころに遊んだ、押しくらまんじゅうの遊びが、懐かしいよな。今どきの子は、ドッペルゲンガーまんじゅう、じゃなかった…、押しくらまんじゅうなんて、知らないんだろうがな。今どき世代の子は、競争とか、はじかれるとか、ないんだろう。本当に、うらやましいよな」

 男の子を、再度、見てみた。

 「こいつ、小さいよなあ…。生まれてくる前の子、かよ!なんてな…」

 男の子は、小さすぎた。

 男の子を窮屈に押し込んであげられれば、全員が入れたかも知れなかった。が、その人数で乗ってしまったのなら、物理的にも倫理的にも確実定員オーバーであると、脳が勝手に判断してしまい、踏みとどまるしかなかった。

 積極的になれれば良いものを、真面目で努力家であったがゆえに、行動に慎重さを出してしまう。

 その点は、就職氷河期世代の、弱点だったろう。

 「こういうときも、今どき世代の子が、うらやましいよ。今どき世代の子なら、ルールを無視して、積極的になれるんだろうなあ。…そして、注意されない。なんか、腹立つほど、うらやましいよな」

 タクシーを目の前にして、道路交通法違反にもとられかねないから注意せよと、行動を、セーブしていた。

 この慎重さが、社会で、どう作用するのか?

 世代差とは、そういうきわどさでもあったろう。

 「なあ?定員オーバーだろうよ」

 「まあ、そうかもねえ。ヒビキ君?」

 「あっさり、言うんだな」

 「子どもであるこちらが、何とか皆の間に潜り込めたとしても、身動きとれなくなっちゃうだろうね?」

 「それも、そうなんだが…」

 「何?」

 「シートベルトが、締められなくなるんじゃないのか?」

 ヒビキの言う通り、だったか。

 「ダメだ!全員には、シートベルトが行き渡らないぜ。法律違反だろ。社会のルールに反することは、できない。一緒に乗ってもらうのは、諦めてもらおう。そんなんじゃあ、皆が、幸せにはなれない」

 念押しして言うと、男の子は、意外にも、安心した声を出した。

 「良かった…。そういうところ、変わっていなかった。君らしいね。相変わらずじゃないか?」

 そんな怖いことを、言ってきたのだった。

 「…君らしい、だと?」

 「ああ。ヒビキ君たち就職氷河期世代の人っていうのは、真面目だよ。オンリーワンで暴走するのとは、違うからね。社会は、なぜ、君たちの勤勉さを生かさずに、切り捨てたんだろうなあ…。そして、今どき世代の子たちを、かわいそうかわいそうだと、ちやほやするんだよな」

 「…ああ」

 「ごめんよ、ヒビキ君?聞こえてた?」

 「ああ」

 男の子とは、視線をそらさざるを、得なかった。

 何だか納得がいかなくなってきたせいか、ヒビキは、あの不思議な言葉を、吐いていた。

 「…野バラ」

 「おい、ヒビキ君?ここでその言葉は、まずいんじゃないのか?」

 なぜか、怒られた。

 「何だと?」

 窓の外を見ると、先ほどまでタクシーに乗り込もうとしていた高齢者は、いなくなっていたのがわかった。

 「あの人たちは、帰っちゃったのか?」

 「ヒビキ君?きっと、野バラの言葉が、気に入らなかったんだよ」

 「ふーん…」

 それにしても…。

 ヒビキには、1点、気になっていたことがあった。

 高齢者グループの中に、ヒビキの見慣れていた顔があったような気が、したからだ。

 「あの人たちは、誰だ…?」

 「高齢者だよ、ヒビキ君」

 「そんなことは、わかった」

 「じゃあ、何?」

 「…さっき、俺のおばあちゃんがいたような気がしたんだ」

 「ふーん、そっか…」

 助手席の声が、賭けでも始めるかのような意気込みを、見せていた。

 ヒビキは、つい先ほどまで自分が見たと思えていた祖母の記憶を、たどっていた。

 ヒビキの祖母は、ヒビキが中学生のころに亡くなった。

 祖母は、ヒビキを、本当に、かわいがってくれたものだった。

 よく、小遣いをくれた。

 ヒビキは、そこで手にできた小さな幸せを握りしめて、駄菓子屋に走っていったものだった。

 幻の祖母の姿は、ヒビキを、心から、震わせてくれた。

 「懐かしい…」

 「ヒビキ君?」

 「何だ?」

 「君は、駄菓子が好きだったよね?」

 男の子が、ヒビキの心の中を見通したかのようにして、言った。

 「お前、駄菓子屋が、好きなのか?じゃあ俺の、友達になれるかもしれんな」

 ヒビキは、ついに、変わった確信を、持ちはじめていた。

 「こいつは、俺が守ってあげなくっちゃいけないのか…?」

 なぜそう思ったのか、わからなかった。

 とにかく、気味の悪い夜となった。

 「ヒビキ君?おばあちゃんのことが、気がかりになっちゃったでしょう?」

 「…」

 図星のような気が、した。

 祖母にもらった愛の小銭でいけた駄菓子屋通いの思い出に、感謝しなければならないのは、たしかなようだった。

 「さあ。着いたよ」

 「タクシー料金は、いくらだ?」

 「料金?無料タクシー、なんだぞ?」

 「ああ、そうだったな」

 「金は、大切にとっておきなよ。駄菓子屋に、いけなくなっちゃわないように。金は、しっかりと、握っておかなくっちゃけないんだぜ?」

 「まあ…そうかもしれんが」

 「降りようか」

 タクシーの目の前に、小屋が建っていた。

 看板付きの小屋で、看板には、こう書かれていた。

 「駄菓子屋教室」

 謎のタクシーに乗った客というものは、ときに、謎の場所に降ろされなければならなくなるものだったのだ。

 「ブルルルル…」

 ヒビキと男の子を降ろして、タクシーが戻っていった。

 「さあ、はじめようか!」

 「何?」

 「駄菓子屋教室の教えを、はじめようじゃないか!」

 スポットライトが、2人に迫ってきた。

 「ほら、見てよ!懐かしくなっただろう?これが、駄菓子屋教室だー!」

 「そんなわけ…」

 ハッ!




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