第21話 パーティの分散ができないこのアナログ設定なんて、うっせえわ!

 タクシーは、飛空艇などには遠く及ばないりりしさ、だった。

 今宵のように、複雑な悩みの中を走っていった。

 「なあ。今回のケースじゃあないが、ドッペルゲンガーという自分の分身を乗せてしまうというのも、最悪だろうな?」

 運転席に向けて、吠えた。

 「何のことか、私には、わかりません」

 運転手は、ぶっきらぼうだった。

 ヒビキは、タクシー内のルームミラーに、目をやった。助手席に座っていたはずの男の子の顔を、見ようとしたのだ。

 が、見えなかった。

 一瞬、見たくも、なくなっていた。

 タクシーは、音もなく壁を突き進んで、いや、壁をすり抜けて、外に走り出ていくのだった。

 「ヒビキ君、どうしたんだよ?」

 「いや…」

 「不安になったのかい?」

 タクシーの進む道に、信号はなかったようだ。タクシーは、順調に、スピードを持続させていった。

 「ガクン」

 その順調だったはずのスピードが、急に、落ちた。

 「お前さあ…」

 「え?僕かい?ヒビキ君?」

 「ああ。お前は、俺を乗せてしまったことについて、本当のところは、どう思っていたんだ?」

 「どうって、何が?」

 「だからさ。お前は、俺の、ドッペルゲンガーなんだろう?神話とかでいう、もう1人の俺のことだよ」

 「…」

 「どうだ?良い追及になったんじゃないのか?」

 「…」

 「なあ?そうなんだろう?」

 再び、追及してみた。自信をもっていたつもり、だった。

 「…」

 「俺は…。俺は、何と言っても、ドッペルゲンガーまんじゅうっていうのを、食べたんだからな。お前は、俺の、ドッペルゲンガーなんだろう?」

 だが、男の子は、素っ気なかった。

 「…違うよ」

 そういうやりとりに焦ったのかどうかはわからなかったが、運転手が、いきなり、アクセルを踏み込んだ。

 そんな雑な運転が、そのときだけは、少しの救いに思えたものだった。

 「ああ、驚いたぜ」

 「ヒビキ君…?急な、展開になっちゃったね?」

 「こんなに急な展開は、この社会くらいで、充分だ」

 「…そうだよねえ。お互い、大変だよ」

 言われて、ヒビキは、反射的に身構えてしまった。

 「お互い、大変だった、だと?」

 …間違いないと、念を押した。

 ドッペルゲンガー!

 もう1人のヒビキの、はずだった。

 「…やっぱり、もう1人の俺に会ってしまったのか」

 ヒビキの顔に、油が垂れてきた気がした。

 後部座席の空気が、震えていた。

 「君に会えて、良かったよ。そうじゃないかな?」

 「…」

 「ねえ、ヒビキ君?」

 「…」

 ヒビキは、自身の幻影にナイフを射されてしまったかの悲劇に、心臓さえ突かれた感覚だった。そうなればもう、震えるしかなくなっていた。

 「自分は、これまで、何をしてきたんだろう?このドッペルゲンガーは、ドッペルゲンガーじゃないと偽ってまで、俺に、警告を与えようとしているんじゃないのか?」

 「…」

 「なあ。結局俺は、どこに連れていかれようとしているんだ?」

 「…」

 「駄菓子屋教室とか何とか、言っていたが…。何だよ、それって」

 「…」

 「答えては、くれないのか?天罰でも、当たったのか?」

 ヒビキによる自己反省が、続いた。

 「母さんの言いつけを、守るべきだったのか?夜中に、食い物を見つけにいくべきじゃなかったのか?」

 反省しきり、だった。

反省は、自身の生き方にも、及んでいた。思えば、ヒビキは、子どものころに思い描

いてきたいくつもの夢を、壊してきてしまったはずだった。

 その破壊がヒビキの本意ではなかったとしても、壊して裏切ってしまった事実は、変わらず。

 理不尽な、自傷行為だった。

 「だからこそ俺は、その罪を射そうと、もう1人の俺と思われる男の子と話をしなければならなくなったのか?」

 か細く言うと、男の子が、図太く返してきた。

 「僕は、君と、いつまでも一緒にいたかったんだけどな」

 「そうか…」

 「僕は、ヒビキ君と、一緒にいたかったんだけどなあ…」

 「…」

 「一緒にいたかった」

 それは、ある意味、恐ろしい言葉だった。

 「一緒にいよう」

の言葉は、こんな意味ももっていたからだ。

 「一緒に死のう」

 言葉の意味は、多様だ。

 一緒にいたかった、とは…?

 正しくは、どんな意味で言われていたのだろうか?

 「まさか、こうなるとはな…」

 気が、異様に、重くなってきてしまった。

 「なあ?ここで、タクシーを停めることはできないのか?もうそろそろ、俺の家に着くはずなんだが」

 が、運転席からも助手席からも、返答はなかった。

 タクシーは、さらに、道を進んでいった。

 「おい!」

 「…」

 「おい!」

 「…」

 「どこまで、いくんだ!」

 「…」

 「スピードを、上げるんじゃない!」

 そう叫ぶと、スピードが、やっと緩やかになった気がした。

 「キュウ、キュッ…」

 運の良いことに、タクシーが、停車してくれた。

 「高齢者の発言じゃあ、ないが…。…うっせえわ!うっせえわ!夢がない、夢がないっていうのなら、見てやろうじゃないか!」

 窓の外を、見た。

 4人の高齢者が立ち、手を上げていた。

 タクシーの運転手が、乗車意思のスタンディングオベーションらしき行為が起こされていたことに、気付いたのだった。

 しかし、タクシーは、それほど大きい車体ではなかった。

 運転席を除けば、乗車できるのも、5人が限度だったと思われた。

 残り3席ほどの分を皆に分けてあげるのなど、無理だと見られた。

 「ヒビキ君?パーティの分散ができないこのアナログ設定じゃあ、全員は、乗れないだろうな」

 「何?どういう、意味なんだ?」

 「良いじゃないか、ヒビキ君?最後のファンタジーを、楽しもうじゃないか」

 「…?」



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