第20話 さあ、考えよう。駄菓子を、食べよう。たくさんの秘密を解く前に、あの教室と教えを、召喚するんだ!

 皆を代表して答えたのは、もちろん、あの男の子だった。

 「…わかったよ、ヒビキ君。でも、まだまだ、これからだ」

 「何だと?」

 「たくさんの不思議について教えてあげても良いけれど、でもその前に、あの教室を召喚してみようじゃないか」

 「あの教室だと?」

 ヒビキの頭は、早くそこから帰ることよりも、男の子のもつ謎を解きたい衝動に、駆られていたのかもしれなかった。

 「さあヒビキ君、いこうじゃないか!」

 変なプレハブ教室の中で、ヒビキは、たくさんの知りたいことで、一杯になっていた。

 「すべての秘密を、教えてくれ!」

 が、男の子は、乗り気ではない返事。

 「それは、まだ早いよ…」

 「どうしてだ!」

 追い討ちをかけたが、無駄だった。

 「それはまだ、教えられないんだ。社会のルール、だからね。第一、タカチホさんが、承知してくれないだろう…」

 口を、閉ざしはじめてしまうのだった。

 「口を、閉ざさないでくれ!」

 「じゃあ…、ヒビキ君?その前に…」

 「何か、言ったか?」

 「だから、その前に…」

 …。

 「僕たちの秘密や正体を明かす前に…」

 「明かす前に?」

 「その前にさ、やらなければならないことが、あるんだ!」

 男の子は、信念をもって言ってきた。

 「やらなければならないこと、だと?」

 「そうだ」

 「君には、本当に、やらなければならない何かがあったんだな?」

 「そうだ」

 「一体何を、やらなければならなかったんだ?」

 ヒビキは、真剣に聞いた。

 「ヒビキ君は、何だと思う?」

 男の子は、おどけていたが。

 「わかってくれよ!わからないから、聞いているんじゃないか」

 「変な、言い方だねえ」

 「とにかく俺には、わからない」

 「わからないだろうなあ」

 男の子は、宝を隠す子のように、ニヤニヤしていた。あやふやなやりとりの継続は、絶妙な空虚だった。

 「わからないだろうなあ」

 ヒビキには、男の子が、残酷な笑いを見せた天使のように捉えられていた。

 「わからなくても、当然さ。これは、崇高な、教室なんだからね」

 「崇高な教室だと?」

 「そうさ。わからないかなあ。まあ、そのうちに、わかるだろう。この教室が、どんな存在力をもっているか。知りたいだろう?君は、時の涙を見るだろう」

 そして男の子は、威勢を増した。

 「さあ、考えよう。たくさんの秘密を解く前に、あの教室と教えを、召喚するんだ!このもやもやした社会について、考えるためにもね!それで終わりにしようかって、言っているのさ!」

 宣言めいた姿勢が、おどろおどろしくもあった。

 「いくよ、ヒビキ君!」

 「…?変なことに、捕まっちゃったな。新興宗教も、良いところだ」

 「さあ。君のために!」

 「いくよ!」

 「いくって、どこへ?」

 「君を、駄菓子屋教室に、つれていってあげるんだよ!」

 「駄菓子屋教室、だと?」

 何かが、迫ってきた。

 「キキキ…」

 プレハブ教室の外から、車の停まる音が聞こえてきた。

 「いよ!待っていました!無料タクシーがきた」

 「…何だと?」

 タクシーが、壁の一部を突き破って、教室の中に入ってきたのだ。

 音のしない、突き破りだった。あるいは、壁をすり抜けてきたのかも、しれなかった。  「いいね…、さあ、ヒビキ君?乗ってくれたまえ」

 男の子には、タクシーの中に乗り込むように指示された。言われるがまま、後部座席に座ってしまっていた。

 男の子が、助手席に座った。

 「じゃあ、いこうか」

 ブルルルル…。

 駄菓子屋教室に続くというタクシーが、動き出した。

 「深夜は怖いけれど…。運転手さん、お願いします」

 「これから、どこへ?」

 「野バラだ」

 男の子が言うと、ガイコツのようにやせ細った運転手が、静かにうなずいた。

 「駄菓子屋教室。かしこまりました」

 野バラ…。

 それは、死人の合言葉のようなものだったのだろうか?運転手は、本当に、ガイコツだったのかもしれなかった。

 運転手の顔は、目深にかぶった帽子に隠され、後部座席に座っていたヒビキからは、良く見えなかったが。

 「深夜のタクシーは、嫌なものだよね?」

 助手席の男の子が、言ってきた。

 運転手は、相変わらず、無口だった。

 男の子が、深夜のタクシーが困ることについて、丁寧に、説明しはじめた。

 「酔っ払っていた客が、暴力を振るってくること」

 「同じく酔っ払っていた客が、眠ってしまうこと」

 「客が、いき先も告げずに眠ってしまうこと」

 「客が、死んでしまうこと」

 おどけ口調で、いくつかの注意点を、説明していた。

 「そういう事態が起これば、タクシーは、どこにいけば良いのか、わからなくなってしまう。そういう人に限って、俺のいきたいところくらい、言わなくてもわかるだろうが!と、怒鳴ってきやすい。定年退職世代の人やオンリーワン世代に、多い。そんなことを言われても、わかるわけがないのにな」

 そう言われても、ヒビキは、困ってしまうだけだった。

 「何で、そんな話を、したんだよ?」

 前方座席に、噛みついていた。

 「タクシーが迷うと、ひどいことになっちゃう。ヒビキ君だって、迷って迷って、ひどいことになっちゃったじゃないか。僕はね、君にその恐怖を、伝えたかったんだよ。これからいく駄菓子屋教室にも、その恐怖が眠っている。その恐怖に打ち勝つための、良いメタファーになっていたじゃないか」

 困ったことは、他にもあったそうだ。

 「乗っていた客同士で、ケンカがはじまってしまうこと」

 「賭博行為が、はじまってしまうこと」

 「車内で、パエリアを作る人がいること」

 「駄菓子を懐かしむような客がいること」

 そこで間が開き、重要なフラグが、追加された。






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