第19話 おお。駄菓子屋で、神と言い争ったことなんてない、スーパー過保護の今どき世代の子たちなら、そこまで、言わないもんだ。

 厳しい言葉が、続いていた。

 「一時の豊かな流れは、それこそ、夢の中の薬に過ぎなかった。夢の中のその薬の効力が解けちゃって現実に戻ったとき、どうなってしまったのか…」

 「それって、どういうことだ?」

 「わからないのかい?」

 「わからん」

 「そっか」

 「おい!それって、何の話なんだよ!」

 「それはね」

 男の子は、調教師。ヒビキはまだ、従順な愛玩動物だった。

 「これから僕は、社会に関わる偉大な話をしてあげようと思う」

 男の子が、大きく出た。

 「社会?」

 「そうさ。社会さ」

 「それって、いつの社会なんだ?」

 「さあてね」

 「今の社会の話か?」

 「そんなところかもね」

 「お前なんかに、何が、わかるんだ!」

 「わかるさ」

 また、言い合いになってきた。

 「君は、あのまんじゅうを食べて、迷っていたんだろう?」

 「あの、まんじゅう?ドッペルゲンガーまんじゅうのこと、か?」

 「ああ、そうだ。君だけじゃない。皆が、この夜の中、この闇の中を迷わされた」

 男の子は、不可思議なことを言った。

 「あのまんじゅうが開発される前は、良かったのにね…」

 たしか、そう言っていた。

 「あの、まんじゅう?」

 「そうだ」

 聞き間違いでは、なかったようだ。

 「わかるのかい?」

 「さあ」

 ヒビキには、男の子の言っていた意味が、まるで、わからなかった。

 「あのまんじゅうが開発される前の社会はさ、超好景気の中を踊っていた。あのまんじゅうは、そんな中僕らの先輩が生み出した、最強の薬だった…。でも、先輩たちは、その薬の恐ろしさに、気付けなかった。あのまんじゅうの効力が解けて、現実に戻ったとき、踊っていた人たちがどうなっていったのか。彼らには、それが見えなかった。イマジネーションの欠乏による危機管理の無さが、現れたんだよ」

 不気味なことを、言い続けていた。

 「お前は、何を言っているんだ!」

 「わからないのかい?」

 「わからん」

 「わからないか」

 「だから、わからん!」

 ヒビキの反発は、頑固だった。男の子は、それでも続けてきた。

 「僕は、社会の人たちに、警告を発した。…でも、誰も、気付いてくれなかった」

 「だから、何を…」

 ますます、わからなかった。

 「あの人たちは、なぜあんなに、危機管理ができなかったんだろうねえ?同じ人間、なのにさ。今の若い子も、同じだが」

 「…」

 「教育模様は、危険だよ」

 「…」

 「そこで僕は、社会や人間性の危機を感じてもらうためにも、ここで、ある教室を開くことを思い立ったんだよね。残念な話だよね…。いや、残念でもないのか。君に会えたんだからね。もしかしたら僕は、幸運だったのかもね」

 男の子は、そうして静かに口を閉じて、立ち上がった。

 「君に会えて、良かったよ…」

 「ちょっと!待ってくれ!」

 「いいんだ。そろそろ、いかないといけないから」

 「待ってくれ!お前の話、もっと聞かせてくれ!」

 「もう、いくよ」

 「ダメだ!」

 「さようならだ」

 「待ってくれ!」

 「そう言われてもなあ…」

 「もっと、聞かせてくれよ!」

 ヒビキは、駄々っ子に、なっていた。

 「…」

 「お前の正体を、知りたい」

 「…」

 「それに、一緒に話していた人たちは、誰だったんだよ?何人か、一緒にいたじゃないか!あれは、俺の知っている人たちだったのか?」

 「…」

 「なあ、教えてくれよ!あの人たちの、正体を!俺と、似ている顔だった。あれは、俺のドッペルゲンガーだったんじゃあ、なかったのか?」

 「僕は、もういくよ」

 「教えてくれよ!」

 「くどいなあ」

 「あの中で、特に気になったのが、あの女の子だ。君たちと一緒に話していた、女の子だよ!」

 「ああ」

 「あれは…誰だったんだ?」

 せがんだが、男の子は、何も答えてはくれず。どこかに、いこうとしていた。

 男の子は、皆に、目配せをした。

 すると、そこに座っていた皆が、立ち上がった。

 「待ってくれ!いっちゃ、ダメだ!」

 「待ってくれよ!皆!」

 …。

 しかし、声は、返ってこなかった。

 負けるわけには、いかなかった。

 「もう1人の俺、俺のドッペルゲンガーだったんだろう?」

 …。

 「そうなんだろう?ドッペルゲンガーだったんだろう?」

 …。

 「もう、負けを認めてくれよ!」

 「…ついに、勝ち負け思考になったか。ヒビキ君の、弱さが出たな。それともそうなってしまうのは、勝ち組泣け組でカテゴライズされる今どき感覚への、挑戦心があったからなのかな?」

 頭にくること、この上、無かった。

 「何だと?わけのわからないことを、言うんだな!そんなんじゃあ、仕事探しの外出中に、弱い立場の市民を拘束しようとする警察官と、同じような本質だ!」

 「…本質が、同じだって?冗談は、辞めて欲しいな。あんな公権力連中と、一緒にしないで欲しいね。地方公務員は、いつから、弱い立場の人を痛めつけるようになったんだろうね?地方公務員…。あの、児童生徒はおろか、同僚の教職員ともいがみ合う学校の先生も同じく、かな?ふふふ」

 「そんな話は、もう、良いんだよ!一般移民が警察官に殺害されなかっただけでも、ましだ」

 「ヒビキ君は、ひどいことばかり、言うんだねえ。本当に、言うねえ」

 「…ああ、言うよ」

 「ここまで、成長したとはね」

 「なあ、答えてくれよ。いいじゃないか。これが、最後のファンタジーになっていくっていうのか?」

 「なかなか、鍛えられたようだね。おお。駄菓子屋で、神と言い争ったことなんてない、スーパー過保護の今どき世代の子たちなら、そこまで、言わないもんだ。いや、言えないね」

 「…そんなことは、どうでも良いんだ!一体、何者なんだ?ドッペルゲンガー、なんだろう?違うのか?」

 心から、皆に向かって叫んでいた。

 すると、皆の動きが止まった。

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る