第18話 社会の、当たりはずれ。それこそ、駄菓子のようなものだったのか…。
「この社会は、ね。駄菓子の当たりはずれじゃあないけれど、運不運でまわっちゃうことが、あるんだよね。コースに乗れたか乗れなかったか、ほんのちょっとの差で、その先の道は、大きく変わっていく。悲しいことだけれども、それが、この社会の現実だったんだよね」
「…」
「ねえ?小さかった頃に思い描いていた自分の姿は、どうなったのかな?立派といえる社会人に、なれたかい?」
「…」
「それとも、予想できない姿になっちゃったかい?」
「ううう…」
ヒビキの目には、涙が浮かんできていた。
「考えてほしいな」
「うう…」
「君は、まだまだ、やれるさ…。泣いちゃあ、ダメだよ」
「…」
「泣いちゃあ、ダメだよ?あの人の涙を、見ただろう?」
「あの人…」
「あの人も、どんな気持ちだったんだろうね。あの人を包んであげられるような人になれたら、良いのにね?君は…。良い思いができた人たちのことが、うらやましくなったかい?」
「…」
「社会は、たくさんの人たちで、構成される。ぽろぽろ泣いていたあの人とは反対に、バラ色気分で外に出られた人たちが、いたわけだ。良いよね。なあ、ヒビキ君?うらやましかっただろう?」
「う…」
「そうだよね…うらやましいよね。でもその人たちは今、どうだろう?」
「どうって…。今だって…バラ色」
「そうかな」
男の子の顔つきが、きりっと変わったように見えた。
「しっかり流れに乗ってやっている人もいたけれど、中には、豊かな思いをして、悪さをして、その流れを台無しにしてしまった人も、いた。だから、次世代の君たちには、流れが回ってこなかったわけだ。上手く、流れをストップさせられちゃったねえ。とんでもないゲーム、さ。流れに乗れた定年退職世代の勝ち組おじさんたちは、極端な行動に出たものさ。そうして気付けば、ヒビキ君たちは忘れられて、他人の金をもらって生き、かわいそうですねえと言ってもらえる人たちが、生まれちゃった。もう、ここまでくると、何がかわいそうなのか、藪の中だ」
「…」
「他人の金で豪遊する人が出たのは、明らかな、失敗だ。もっとも、その人たちを止められず、教室に引き込んで反省させられなかったこちらにも、非はあるけれどね」
「他人の金?」
「そうだよ」
「他人の金で、生きられたのか?」
「そうだよ」
「どうしてだ?」
「良く、思い出しなよ。ヒビキ君も、金を出していたんじゃなかったのかい?おっと、失礼。まだ、そこまで成長できていなかったかな?」
「?」
「相互扶助っていう社会ルールが、あったじゃないか。本当の意味で相互扶助になっていたのかは、疑問だけれどね」
「…」
「その社会ルールを、悪用しちゃった人たちが、いたからねえ」
「…」
「いいかい、ヒビキ君?君が生まれる前はね?皆から多額の予算をぶんどって、それを約束通り公費には使わず、私的にもらっちゃった人たちが、いたんだ。その人たちの多くは、国の支え合いルールを監督していた人たちだった。情けなかったね。でも、そういう人たちは、もう時効になっちゃったから、追及できなくなっちゃった。そういうのを、勝ち逃げっていうんだけどさ。勝ち逃げの定年退職世代の人たちの身分を、思い出しちゃったかな?ふふ…。そうして、他人の金で生きていた人たちが、いた。そういうことを、言ったまでなんだよ」
「…なるほどな」
「おやおや、ヒビキ君?君は、知らなかったのかい?」
「そうだったかなあ…。皆の、助け合いの金だったのに?」
「まあ、それが、心からの助け合い精神による金なら良かったけれど…。でも、そうじゃなかった金も、あったからね」
「そうじゃなかった金?」
「まあ、考えてごらんよ」
気だるい問いかけと、なっていた。
「…」
「僕たち、正当なるソサエティは、そういう不可思議な金についてもきちんと扱ってもらうために、活動している。まったく、やれやれ、だよ」
「ソサエティだと?」
「ああ、そうだ」
話は、変な方向に進もうとしていた。
「ソサエティって、何の?」
「まあ、それは、おいおい」
「おい、おい」
「君は、どう?たくさんの金をもらっていたにも関わらず、もっともっと他人の金をもらって、生きられるってさ?そういうのってさ、どうだろう?」
「…うらやましい」
「本当に、うらやましい?」
「…」
「そうかなあ。公的扶助も、場合によっては、考えものだったよ。特に、わけのわからないくらい好況に沸いたあの社会ではね」
「…」
「それでも君は、うらやましいのかい?」
「うらやましいよ…」
ヒビキは、涙をぬぐった。
「そっか」
「…当たり前じゃないか」
「そうなんだね」
ヒビキは、うつむき加減。
「でもそれは、ちょっと、違ったかもね」
男の子は、苦笑いの声だった。そうして、説教の姿勢を崩さなかった。
「違ったのか?」
「たぶんね」
「なぜだ?」
ヒビキは、男の子を、にらんでいた。
「ヒビキ君?うらやましいだけじゃあ、ダメだ。そういう恵まれた人たちはね?楽しい思いを、しすぎた。良いことに、慣れ過ぎちゃった。そのことで、社会に迷惑を振りまく反動を出しちゃったんだから」
男の子の説教は、深かった。
「…」
「でもね?そういう状況に、慣れ過ぎちゃうとね?」
「ああ」
ここで男の子は、思いもかけない悲しい顔をした。
「慣れすぎて、他人の痛みなんかが、わからない人になっちゃったんだ」
「…」
黙ってしまった、ヒビキ。
まるで、駄菓子屋で、神に叱られる子のようになっていた。
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