第16話 この教室では、いつでも、迷わされてしまうのだろうか?何の、誰の集まりだったんだろうか?

 まるで、クラスチェンジしたモンスターであるかのように、ぼんやりと感じられていた。

 「この敵…。俺に、似ているな」

 その男を乗り越えられなければ、先には進めないような気がしたものだった。

 男の物腰やらは、確実に、ヒビキの鼻についていた。

 「この男…」

 男は、余裕をもって、座り直した。

 「俺よ、ヒビキよ?どうすれば良い?」

 ヒビキは、恐れ、安堵しはじめていた。部屋に広がっていたあの泣き声が、止んできたからだ。

 「良かった…」

 机にうつぶせていた女性が、顔を上げた。

 「…あれ?」

 驚いた。

 「そんな、バカな!」

 驚いた。

 ヒビキが声をかけた、うつぶして、ぽろぽろ泣いていたその人の顔は、都会の学校にいった、妹のようだったからだ。そんな妹は、今、新型ウイルスの社会的蔓延のせいだとかいうことで、学校にいけず仕舞い。実の妹のことであり、かわいそうに思えたものだ。他の人のことであれば、わがままを言うなと、一周できたのに…。妹では、そうもいけなくなる…。人間とは、わがままな生き物だ。

 「な…何だと?」

 が、思い直した。

 「良く考えろ、俺!あいつが、ここにいるはずないじゃないか」

 身勝手に、うろたえていた。

 「何なんだよ、この教室は!」

 するとすぐに、敵と感じた男が、穏やかな声を上げた。

 「ほら…、いってあげなさい」

 「そうだね」

 ヒビキと話をしていたあの男の子が、立ち上がった。

 「何だと?あの男の子が、くるのか?泣いている人は、誰なんだよ?」

 ますます、奇妙な教室風景だった。

 立ち上がった男の子は、そのままの場所で、ヒビキを見た。

 「やっぱりだ…。大きくなったね」

 はて…。どういう意味で、言ってきたのか?わけが、わからなかった。

 「大きくなった、大きくなった」

 「大きくなった、だって?」

 「そうさ、ヒビキ君?」

 「俺のことを、知っているんだな?」

 男の子は黙り、横からは、まだ、学級会議の声が賑わっていた。

 「泣かないでくれよ」

 「うん」

 泣く女性の、復活劇だ。

 「泣かないで、おくれ」

 「…うん」

 「たまたまの、ことなんだ。仕方が、なかったんだよ」

 「そうよ」

 「運が、なかったんだ。いや、その言い方は、良くないな。ごめん」

 「…」

 「ほら。皆に、笑われちゃうじゃないの」

 「だって…」

 女性は、ぽろぽろと、泣きっ放しだった。

 「そんなにも泣いていたら、ヒビキに、笑われちゃうわ」

 何だって…?

 「泣かないで、ほしいんだ」

 「どうか、泣かないでくれよ」

 「頼むから、笑ってくれよ」

 「うん…」

 ぽろぽろと響く声は、例えようもない深海魚の悪魔と化して、場を、締め付けていくのだった。

 あの人たちは、何なんだ…?

 「俺に似た男を中心にして、それに…」

 学級会議のメンバーは、重厚の幻に感じられていた。

 「何なんだよ?」

 泣く女性をなだめる女の子の声は、その中でも、特に、変わっていた。

 「ねえ、泣かないでよ?ヒビキに、笑われちゃうわよ?」

 まだ、わからなかった。

 「誰か、答えてくれ!皆は、誰なんだ!何だったんだよ!」

 そのとき、新たな展開が起こった。

 「何?」

 あの男の子が、ヒビキに向かって、納得につながる口を開きはじめたのだ。

 「ねえ。どうしちゃったんだよ」

 「え?」

 虚を、突かれた。

 「ねえってば」

 「え?」

 「だから、どうしたの?」

 「え?」

 「こっち、見てよ」

 「ご、ごめん」

 「ちゃんと、見なくちゃ」

 「すまん」

 「もう、子どもじゃ、ないんだろう?」

 「…」

 夜の深さを知らしめるやりとりが、続いてしまっていた。

 「ヒビキ君?人の話を聞くときは、その人の顔をしっかり見ることって、お母さんに、言われていたんじゃなかったの?」

 無抵抗に、攻められていた。

 ヒビキは、無抵抗のペットだった。その様子を、男の子は、かわいそうに見つめながら、一方で、楽しそうにしていた。

 「ヒビキ君?ダメじゃないか!」

 「すまん」

 「君さあ」

 さらに、寄ってきた。

 「な、何だよ」

 「かわいそうな、男だ。君は、いつでも、迷わされちゃうんだねえ?」

 「何だと?早く帰りたい焦りで、たまたま、迷っていただけだ」

 「僕が聞きたかったのは、そうじゃない」

 「何?」

 男の子は、叱るように言い続けた。

 「君が迷っていたのは、その道だけじゃ、なかったはずだ」

 「はあ?」

 「迷っていたんだろう?」

 「帰り道、のことか?」

 「だから…。それだけじゃ、なかっただろう?」

 叱責が、妙につらかった。

 「生き方にも、迷っていたんじゃないのかい?」

 「…」

 「僕には、わかった」

 「何で、君なんかにわかるんだ」

 「僕だから、わかったんだよ」

 「…」

 「今の時期、つらいよね。とっても、かわいそうだよね」

 男の子が、ヒビキの心情を量るかのようにして、優しく優しく、声をかけてきた。

 「わかったよ」

 ようやく、心を開けた気になった。

 「つらいって、何だよ。かわいそうって、なんだよ。教えてくれよ。お前の言いたいことを、知りたい」

 反論していた。

 「君が迷って大変なのも、わかるよ。生きるって、つらいことだよね」

 「…」

 「特に、今の社会ではね。でもさ…。やってみよう。気持ちを切り替えていこう。そうしていくしか、ないよ」

 「…」

 何とも、返しようがなかった。

 「自分を追い込みすぎれば、心が、死んじゃうよ?」

 「…」

 「悪かったかな?子どもが、君みたいな社会人に口を出してさ」

 「…」

 「ねえ、悪かった?」

 「…」

 ヒビキは、ついぞ、返し方を見つけることができなかった。





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