第15話 駄菓子屋で、ドッペルゲンガーに、出会ってしまったならどうするの?
ドッペルゲンガー、すなわちもう1人の自分自身は、神出鬼没だ。いつでもどこにでも、現れるものだったという。
「ドッペルゲンガー、もう1人の自分に、出会ってしまったなら?」
もしも、出会ってしまったら…。
ここが、恐怖だ。
「いよう!」
「ぎゃあ!」
「お前は、もう1人の、俺」
「もう1人の、俺…」
「さあて」
「何?」
「どちらが、本物の俺なんだろうなあ?」
「なんだと…!」
「ふふふ」
出会ってしまったら、とんでもないことになると、いわれていた。出会ってしまったその人には…、死が訪れるのだという。
ドッペルゲンガーは、死の前兆。
「ドッペルゲンガーまんじゅうは、死のまんじゅうなのか?」
ヒビキは、何度も、悔やむこととなった。
「そういえば…」
震えが、きた。
「あの男の子は、小さいころの俺に、似ていた」
背筋が寒くなるのは、当然だった。
「まいったな…。俺は、死の多重魂まんじゅうを食べてしまったと、いうのか?」
足の震えが、増した。
「この震えは、あのときのようだ」
小さい頃の、ある事件の夜のことだ。
母親にこんなことを言われた経験を、思い出していた。
「ねえ。よく聞いて。夜中にお腹が減ったとしてもね、それ以上食べるのは、ほどほどにしておきなさいね」
それはそれは、嫌な思い出だった。
どんなシチュエーションのときのことだったのかははっきりしなかったが…。
ドッペルゲンガー、もう1人の自分は、恐怖だ。子ども時代の家出の思い出のように、恐怖だった。
「あのときは、母親に、怒られたなあ」
疲れた。
「泣いたっけなあ…」
たしか母親には、こう聞いていたはずだった。
「ねえ、どうして?どうして、食べちゃいけないの?」
そうしたら、こう言われた。
「それはね、おかしなおかしな夢を見ちゃうからよ」
「おかしな夢?」
「そうよ」
「怖い夢?」
「そうよ?」
「怖いんだあ」
「そう…。すっごく怖い夢を、見ちゃうんだから。そしてね?すっごく変なことに、なっちゃうんだから」
たしかに母親は、そう言ったはずだった。
「そうなのう?」
「そうよ」
「本当に?」
「本当よ」
「…」
「だからね?もう、家から出ていっちゃったり、しないこと」
「うん」
「ご飯を食べた後になって、わざわざ、夜中に外に走って何かを食べにいかなくても、良いんですからね?」
「うん」
「だから、早く寝なさいね」
「うん」
当時に言われたことを、守っておけば、良かったのか?
「だから、こうなっちゃったのか?…勘弁してくれよ」
目には、涙さえ、浮かぼうとしていた。
「…それにしても、机を囲んで学級会議をおこなっていたあの人たちは、一体、何の人たちだったんだ?何を、話していたんだ?」
あの会議については、まだ、気になっていた。
「誰だったんだ?」
…うーん。
「思い出せん」
…これもまた、ドッペルゲンガーまんじゅうの、呪いなのか?
「まさかな…」
「ねえ?」
渋っていると、恐怖に呼応するかのようにして、女の子の声がしてきた。
「気になるの?」
「誰だ?」
「あたしよ?」
「だから、誰なんだ?」
「気になっているんでしょう?」
「いや。気になってなんか、いない」
負け惜しみを言うようになって、女の子の顔は見られずに、抵抗していた。
「気になるんでしょう?」
「…」
「正直に、言えば?」
「…」
何も、言えなかった。
「じゃあ、いいわ」
女の子の声は、そこで聞こえなくなった。
次に響いてきたのは、男性の声。あの、ヒビキよりも少し大きいと思われた男のものだった。
「泣かないでおくれ」
「そうよ?」
女の子の声が、復活した。
「どうか、泣かないでくれ」
「そうよ?」
ぽろぽろと泣いていた人は、はっきりとは見えなかったが、机にうつぶしていたようだった。
「誰なんだ…?」
ヒビキよりも、年上の女性のようだった。
誰だったのか?
「ちょっと、あんた?」
「…」
「ぽろぽろ、泣かないでくれよ。一体、何があったんだ?」
「だって…」
「なぜ、泣いているんだ?」
「だって…」
「だから、何があったんだ?」
「うん…」
男が、立ち上がった。ヒビキをにらむ目から、声が漏れた気がした。
「どなたかは知りませんが、励ましは、いりませんよ。他人の優しさは、ときに、お節介。いや、失礼。お構いなくっていう、ことですよ。こちらの問題なのですからね」
ヒビキのように、大きなことを言ってにらむ男だった。
「良く、言うよ…」
「今、何か?」
「いや、何でもない」
「ああ、そう」
邪魔者扱いされたように感じて、男を憎んでいた。憎んで憎んで、にらみ返していた。
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