第14話 ドッペルゲンガーまんじゅうよ、こんにちは。
男の子は、意味ありげに、無意味まで装って、クスリとした。ヒビキに、イスに座るよう指示を出したのだった。
「ヒビキ君?君の立っていた場所にあった机を、持ってきてほしい。そしてそれを、僕たちのところに、付き合わせてもらいたい」
この子は…一体?
彼がうろたえるのも、無理はなかった。
その男の子は、ヒビキと、よく似た顔立ちをしていたからだ。
「こいつ…」
小さいころのヒビキを思わせた、顔立ちだった。
「どうしたんだい?」
「いや…何でもない」
「そうか」
やりとりに、進展はなし。同じことの、連続だった。男の子は、そんな堂々巡り会話を嫌うでもなく、子どもっぽく飽きるわけでもなさそうだった。
そんな危うい雰囲気も、変わりそうになかった。
「俺は、帰りたいんだが」
「帰るって、どこに?」
「家にだ」
「家?誰の家だい?」
「俺の家だ」
「ははは。これは、笑えるね。君の家は、君の家だったのかい?」
大いに、笑われた。
「そうだ、俺の家だ」
そうヒビキが怒ったようにすると、男の子は、また、笑い出した。
「へえ。知らなかったよ。君の家だって?あれは、君の親の家じゃなかったのか?それを自分のものにしてしまうなんて、君は、泥棒じゃないのかい?」
「こいつ…」
男の子の言うことが、気に入らなかった。にらみ、違う言葉を、待つことにした。
学級会議のほうからは、まだ、さみしい声が、響いていた。
「泣かないで」
「だって…」
男の子は、何度も同じことを言った。
「座ってくれよ」
「わかったよ」
「わかれば、良い」
ようやく、互いのやりとりが、収束してきた。
「仕方ない。座るとするか」
ヒビキが優しく応じると、男の子も、優しくなってきた。
「まあ、座りたまえ」
「君は、先生かよ」
「ここに、座りなさい」
「子どものクセに」
「座りなさい」
優しく応じることのできたヒビキは、優しく言われるがままに、動いた。
男の子が、自分の目の前にあったスペースを、空けた。これによって男の子は、ヒビキと面と向き合うことになった。
「おお、何だ、何だ?」
ヒビキの身体が、浮いた。
机と一緒に、男の子のもとへ吸い込まれていった。
男の子が、マジシャンに見えていた。
「今度は、そちらに、移りなさい」
「はあ?」
「いいから、座りなさい」
ヒビキは、仕方なく従って、イスに腰掛けた。それからすぐに、3,4人が座っていた場所の隣りに、移った。
ヒビキの目の前には、あの男の子が、当然のように座った。
「…」
また、声が聞こえてきた。
「だからさ」
「うん」
「泣かないでおくれよ」
「そうよ」
「うん」
「元気を出しておくれよ」
「うん」
「…」
「泣かないで」
「うん」
「…」
「そう、そう」
ヒビキが、何かに、気付いた。
「でも…あれ?どういうことだ?」
ヒビキとその人たちは、すぐ近くにいたはずだった。だがそのときには、なぜか、3,4人の顔が、消えはじめたのだった。
それでも声は、続いた。
「泣かないでおくれ」
「あたし、あたし…」
「泣かないで」
「そうよ」
「元気、出そうよ」
「でも」
「泣かないでおくれ」
「あたし…あたし…。えーん…」
ぽろぽろと、泣いていた。
ヒビキは、座ってはみたものの、肩身が狭くなった。
それからどうすれば良かったと、いうのだろうか?
「そういえば…」
そのときヒビキは、重大なことを思い出していた。ヒビキは、コンビニで、こんな物を買って食べていたのだった。
「ドッペルゲンガーまんじゅう」
変わった名前の、まんじゅうだった。
味は、期待通りというべきか、期待外れと言うべきか。平凡だった。
「あれが、やばかったのか?」
不都合な事実を、思い出した。
「そうか…それだよな」
何かを、悟っていた。
「きっと、それに違いない。あんな変な物を食べたから、こんなことになってしまったんだろうな」
闇夜の出来事を、思い出していた。
背筋が、寒くなった。
「あのまま、すぐに家に帰れば良かった。そうすれば、こんな変な幻に巻き込まれなくて済んだのかもしれん。あんなものを食べたから、不幸な目に遭ったんだ」
やるせなかった。
ヒビキの首筋を、冷や汗が、伝った。
「参ったな」
ドッペルゲンガー、か…。
「ドッペルゲンガーというのは、たしか、神話や昔話で扱われる、不可思議現象の名だったはずだ。ドッペルゲンガーというのは、もう1人の自分のこと…。自分の目の前に、自分とそっくりの、もう1人の人間が現れる。恐ろしい現象だ」
いきなり、自分そっくりの人が、目の前に現れるのだ。
化け物、だ。
死に神とも、言えた。
「驚愕の、自己との出会いだ…」
ドッペルゲンガーは、夢の中であっても、現れるものだった。現実世界から逃げられれば済むという問題でも、なかったらしい。
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