死の隣

「意味があろうとなかろうと、それが転生だ」

「転生っていうのは、ボクの魂とか、そういうものを別の生命として生まれ変わらせることだろ? 別の人間にボクの記憶を与えるだけだなんて……そんな、そんなのは……!」

「魂……魂か。そんなものがあるのならば、そういった芸当もできるだろう。だがそんなものは存在しない。魂とは人間の妄言。死を受け入れられぬ弱い心が生み出した虚妄の救いである。貴様も、人間の積み上げた愚考に踊らされた一人の被害者というわけだ」

「そんな、そんな言い方……っ、お前だって、魂と同じくらいにオカルトじゃないか」

「しかし私は存在している。人間の定義では存在し得ぬ者であろうと、私は貴様を殺す。仮に魂が存在したとして、認識できていないだけだとしても、私に魂は扱えぬ。どちらに転ぼうと、願いの終着点は変わらぬ」


 例え理想を伝え転生できたとしても、それはボクと何も関係の無い誰かが、まるでボクのように振る舞うだけだ。


 もしも魂というものが本当に存在しないのだとしたら、ボクはどうなる。

 この肉体が死んで、脳が活動を停止したら。

 ボクのこの思考は、意識は、存在は……。


「じゃあ、人が……ボクが死んだらどうなるんだ? ボクは、死んだらどうなってしまうんだ?」

「どうにもならぬ。意識が途絶え、それで終わりだ。何も残らぬ。何も継がれぬ。退屈を感じることも、苦しみを覚えることもない。ただ、虚無となるだけだ」

「っ……」


 それは、ある程度は予想していた答えだった。

 魂なんて目に見えないし、誰かが存在を証明したわけでもない。

 死後の世界なんておとぎ話で、転生を成し遂げた人物なんてどこにもいない。


 死んだら何もなくなって、後には何も残らない。

 それは考えてみれば当然で、死ね神の言うことは至極尤もで、受け入れざるをえない。

 心がどんなに拒否していても、脳が認めてしまう。


「っ、う、嘘だろ……なあ、そんなのってないだろ……。だって、だってそんなのって――」


 残酷だ。


 胸を張って生き抜いたと言えるような人生は送っていない。

 殺される理由もわからない。

 成人すらしていない。

 何かの病気にかかっているわけでもない。


 それなのに、ボクはここで何もかもを失うと言うのか。


 頭痛がする。

 過呼吸だ。

 息を吸っても吸っても苦しくて。

 息の吐き方もわからなくなるくらいに頭が真っ白で。

 気持ちが悪い。


 指先の感覚が無くなって。

 唇が勝手に震えて。

 ボクは死ね神に縋り付いていた。


「し、死にたくない……ボクは死にたくない! た、頼むっ……こ、怖いんだ。怖くて堪らない。だから、どうか、待ってくれ……お願いします。ボクはまだ、死にたくなっ……うぇっ」


 口からビシャビシャと吐瀉物が流れ出す。

 死ね神のことを軽く見ていたのは、あれは現実逃避だったのだと今更ながらに気づく。


 だって、死を意識するのは怖い。

 死ぬのは怖い。

 死にたくないと思う程に、不安が募っていく。

 死なないためにできることを探すほど、それが失敗したときの絶望を想像してしまう。


 だから人は死を日常から遠ざけるんだ。

 こんなことを考えながら日常なんて送れない。


 だから、人は死に直面してやっと取り乱し始める。

 遅すぎる後悔を胸に、みっともない姿を晒しながら命乞いしかできないボクのように。


「……願いを言え。言わぬのなら、すぐに殺す」

「う、ぐぅ……ね、願いなんて、そんなの……」


 息苦しくて、碌に物も考えられないようなパニック状態で。

 それでもここで願いを言わなければ数秒後には本当に無意味に死んでしまう。


 死ね神に抗うような願いは許されていない。

 転生はボクが望んでいるようなものではない。

 だからこの二つはだめだ。

 これ以外で何か考えなければならない。


 走馬灯のように記憶が脳内を駆け巡る。

 他に何がある。

 何でもいい。

 願いを。


 ボクを恐怖から解放してくれるような願いを。


「あ……」


 ぼかし絵のように様々な光景が通り過ぎていく中に、その光景はあった。


 骸骨みたいに痩せ細って。

 穏やかに微笑んでいて。

 ベッドに横たわっている祖母の姿が。

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