二日目:生まれて生きて、その先に

穏やかな生

 その人は大きな白いベッドの上で、周りに機械を携えて横たわっていた。


 そうだ人だ。

 その人はまだ生きている。


 モニターには波形が写っている。

 定期的に鼓動を、心臓が動いていることを機械が読み取っている。


 点滴はその体内へと送り込まれている。

 一滴ずつ、確実に。

 食事を摂れなくなった体へと生きるための栄養を補給している。


 その人が生きていることは見ればわかる。

 機械だって生を証明している。


 それなのに。

 それなのにどうして。

 どうしてこんなにも――


「……」


 ボクの顔を見ると、その人は微かに微笑んだ。

 穏やかで、朗らかで。

 絶望なんて微塵も感じさせない。


 もう声を出すことが出来ないのだろう。

 食物を通すこともできなくなった口は、機器から供給される酸素を受け入れることしかできなくて。

 それなのに、もう喋れないのに。

 ボクに向かって何かを語るように口を動かして。

 ボクはそれに何も返せず、ただ頷くことしかできなかった。


 手を握ると、弱々しい力で握り返された。

 まるで赤子、いやそれよりも覚束ない。

 握り返すだけでもその手は大きく痙攣していて、もう体の制御が効いていないのだろう。

 それでも、その人はボクの手を離しはしなかった。


 周りの大人たちが口々に何かを話しかけている。

 少し声が掠れているのは、きっと泣いた後だからだ。

 目も赤く泣き腫らして、鼻を啜る音も鳴っている。

 それでも、笑顔でその人に話しかけている。


 その人は間違いなく大往生だ。

 苦しんでいる様子もなく、これだけ多くの人に囲まれているのだから。

 親族も、本人だって、間近に迫っている死を悲観なんてしていない。


 ボクだけだ。

 この場で泣き続けているのはボクだけ。

 嗚咽も止められず、涙を零して、声を押し殺して。

 ボクだけが悲壮感を漂わせている。


 泣き止もうと思っても、その姿を見ると嗚咽が漏れ出してしまう。

 見慣れた面影なんて微かにしか残っていない、その変わり果てた姿が、ボクにその人の死を実感させる。


 いつの間にこんなやせ細った腕になった?

 骨に皮が張り付いたような顔はいつからだ?

 ボクの知っている祖母はどこへ行った?


「……」


 泣きじゃくるボクを、祖母はただ微笑みながら見つめていた。

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