装い、内面、その変容

「ほら行くぞ!」


 うきうきとした足取りでレストランエリアへ歩いていく抄。

 まるでスキップでもしかねないような軽いステップだ。


「そんなに気に入ったのか?」

「ん? 何が?」

「その服だよ。やけに嬉しそうだからさ」

「おう、それはもうお気に入りだな。似合ってるだろ?」


 似合っているかどうかで言えば似合ってはいない。

 しかし不思議と変であるという気はしない。


 短足に細身のスラックスは似合わない。

 ブラウスの清楚な雰囲気をその胸が損なっている。

 黒いジャケットを着るには体格が幼過ぎる。

 羽織っているコートは丈が合っていない。


 個々を見れば変な格好であるはずだというのに、その全身を見ればしっくりきているように感じてしまう。

 似合っていないはずなのに、もっと眺めていたいという気分になってくる。

 これがモテる側のオーラなのだろうか。

 イケメンは何を着てもイケメンなように、美少女も何を着ても美少女なのか。


「そうだな。悪くないかもな、それ」

「だろー? いやー、タクはわかってるね。まさに童貞の鑑だ」

「それ褒めてないだろ」

「んー? そうかー? 褒めてるつもりだけどなぁ?」


 抄の機嫌はすこぶる良い。

 男の頃だってこんなに無邪気に喜んでいることは稀で、まるで今の抄は見た目相応の少女のようだ。


 健全な精神は健全な肉体に宿るという。

 つまり、精神はその肉体の影響を強く受けるということだ。


 抄の精神も体に引っ張られて変化しているということなのだろうか。

 そうなると、いつか心までもが女性になってしまう、なんてことがありえるのかもしれない。


「……」


 どんどん。

 少しずつ。

 周りの人間も、本人すらも気づかないくらいに。

 元の抄の性格が薄れていくかもなんて……


「でもこの格好少し暑いな。胸の谷間が蒸れて汗かいてきた。タク、ちょっと汗拭くから前に立って隠しといてくれないか?」


 このデリカシーのなさならそんなに心配は必要なさそうだ。

 外を歩いてる時に胸の汗を拭おうとするやつの心が女性化する心配なんてするだけ無駄だ。

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