第2話 コノハナサクヤビメ

 1月2日

 朝食を食べ終え、僕は刀探しに出た。比熊山の裾野に、大歳神社ださいじんじゃってのがある。ダサいんじゃイヤだな〜。

 木花佐久夜毘売命を主祭神とし、天津彦々火瓊々杵尊、大山祇神を配祀する。

 大同3年(808年)、出雲国神門郡青柳郷吹上島より勧請したことに創まると伝える。永く地元領主だった三吉氏の尊崇を受けたが、関ヶ原の戦いの際に毛利家臣として西軍に与したことから戦後に改易。

 その後は安芸国の領主となった福島正則や三次の領主となった浅野長治によって尊崇された。なお現在の神社は万治元年(1658年)に消失した後に再建されたものである。

 刀は見つからなかった。


 腹が痛くなってきたので公衆便所でウンコをした。💩

 ウンコをしながらコノハナノサクヤビメについて思い出していた。

 神話では、日向に降臨した天照大御神の孫・邇邇芸命と、笠沙の岬で出逢い求婚される。父の大山津見神はそれを喜んで、姉の石長比売と共に差し出したが、邇邇芸命は醜い石長比売を送り返し、美しい木花之佐久夜毘売とだけ結婚した。大山津見神はこれを怒り「私が娘二人を一緒に差し上げたのは石長比売を妻にすれば天津神の御子(邇邇芸命)の命は岩のように永遠のものとなり、木花之佐久夜毘売を妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと誓約を立てたからである。木花之佐久夜毘売だけと結婚すれば、天津神の御子の命は木の花のようにはかなくなるだろう」と告げた。それでその子孫の天皇の寿命も神々ほどは長くないのである。


 木花之佐久夜毘売は一夜で身篭るが、邇邇芸命は国津神の子ではないかと疑った。疑いを晴らすため、誓約をして産屋に入り、「天津神である邇邇芸命の本当の子なら何があっても無事に産めるはず」と、産屋に火を放ってその中で火照命(もしくは火明命)・火須勢理命・火遠理命の三柱の子を産んだ。火遠理命の孫が初代天皇の神武天皇である。


『播磨国風土記』では伊和大神(大国主神)の妻とされる。

 

 次いで君田温泉にやって来た。君田町(旧国備後国)にある温泉だ。1997年(平成9年)に開業した道の駅「ふぉレスト君田」の一角に日帰り入浴施設、および宿泊施設がある。


 風呂に入ってからレストラン「囲炉裏」(11:00 - 13:30、17:00 - 20:00)で昼食を食べた。

「森のパン屋さん」(9:00 - 16:00)でオヤツを買って施設を出た。

 歩いてすぐのところに神之瀬峡かんのせきょうという、広島県三次市君田町と庄原市高野町の神野瀬川流域の長さ約5kmの渓谷がある。

 火曜サスペンス劇場なんかに出てきそうな風景だ。

 神野瀬川の浸食によりできた渓谷であり深さは300mにも達する。 また、河川流路の断層から鉱泉の湧出があり、河底の随所に変色現象などの特異な自然現象が見られる。 神之瀬峡ではブナやミズナラなどの落葉広葉樹が広く生息しているほか、確認されている種子植物の種類は769種あり、 サンインシロカネソウなど絶滅の危機に瀕しているものもある。 また野生動物も多く、クマタカやオオサンショウウオ等も生息している。 1998年(平成10年)4月に神之瀬峡県立自然公園の指定区域となっている。 2001年には中国郵政局より発売された「備北だより」絵入り官製葉書の題材になった。

 

 高暮ダムは見事だった。

 中国電力株式会社が管理する発電用ダムで、堤高69.4mの重力式コンクリートダムであり、江の川水系では最も高いダムである。戦前から建設されており、土木学会の日本の近代土木遺産~現存する重要な土木構造物2000選に選定されている。ダムによって形成された人造湖は河川名を採って神野瀬湖かんのせこと命名された。1998年(平成10年)4月に神之瀬峡県立自然公園の指定区域となった。

 ナマズみたいなヒゲの老人に刀について尋ねたが、首をブルブル振って「知らないね〜」と言った。

 寒いからそろそろ帰るかな〜。


 


 


 

 

 

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