第61話
大きなテーブルに白いテーブルクロス。置く食器に影響がないように控えめな刺繡が施されている。
レインニールは自分の膝にかかるほど長いテーブルクロスのレースをじっと見つめる。
「ナイフとフォークは外側から使う。出される料理と並びは関係している。顔を上げろ、レインニール!」
アレクシの口から厳しい叱責が飛び、跳ねるように背筋を伸ばす。
地の礎アレクシの館にて、レインニールは講義を受けていた。
サシャが苦手だと言っていたテーブルマナーだ。
村育ちのレインニールにとって、銀色に輝くナイフとフォークが並んでいるだけで目が眩む。
聖域に来てからほとんどサシャの館で過ごしている。
食事もサシャと取るのだが、ここまで仰々しく食器類が並ぶことはない。
貴族出といっても庶民とほぼ変わらない生活をしていたサシャは、面倒なマナーは最低限にして楽しく食べることを優先していた。
例の事件の後、アレクシの態度はさらに厳しいものとなった。
廊下で見かければどこに行くのかと問い詰め、目的地まで付いていく。サシャの館に戻るまで時間が許せば後ろから睨みつけるような形相で立っている。
中庭の花が気になってふらふらと出ようものなら、首根っこを捕まれ無理やり連行される。
風の礎ラウルから、金魚の何とか等、色々と言われたようだが、改める気は今のところないらしい。
「ナイフの刃は外側に向けない。音も立てない」
言われるたびにびくびくとレインニールの肩が震える。
自分から志願したわけではないのに、5日に一度はこうやって食事を共にする。
サシャも最初はいたのだが、途中から逃げ出した。
彼も基本、堅苦しいのは苦手なのだ。
「脇を締める、肘が高い!」
アレクシ自身もレインニールと同じ食事を取る。
目の前で見本を見せているのだが、真似ている分、レインニールの注意力は散漫している。
つい、意識が他に行ってしまい、手元が緩む。
カラン。
アレクシの声に驚き、ナイフを落としてしまった。
ソースが飛び、テーブルクロスと自分の服、床を汚す。
思わずそれに手を伸ばす。
「自分で取らない。人を呼んで取らせるのだ」
分かっていても、いざとなれば身に付いた習慣が出てしまう。
レインニールは今にも泣きそうな顔をしたが、アレクシは眉を寄せたまま食事を続ける。
ナイフを片付けに来たメイドが屈んだ際、アレクシに見えない様に笑顔を向ける。
そっとレインニールの膝に触れ、大丈夫、と告げる。
その気持ちを受け取り、レインニールは目を閉じてゆっくりと呼吸をする。
逃げ出したい気持ちが湧いてしまうのを何とか堪え、再び背筋を伸ばす。
新たに揃えられたナイフを手に取り、食事を再開する。
わずかな物音さえも禁じられるような緊張感の中、二人の食事は進むのだった。
アレクシの背を蹴りつけたい気持ちを何とか押さえ、パンドゥラは深いため息を吐く。
気配に気付かれない様に距離を取っているが、アレクシの意識はレインニールに向いているので、多少、緩んでも問題ないようだった。
部屋の外、建物の傍の大樹が枝を伸ばしている。それに腰かけて二人の様子を眺める。
アレクシの不機嫌な理由も離れているからこそ見える。
決して、アレクシはレインニールに対して嫌悪感を持っているわけではない。
どうすればレインニールに伝わるのか苦心しているのだ。
普段の言葉を選んでいるため、注意する際、つい言い慣れた強い口調になる。
それに怯えるレインニールを見て、また後悔する。
無限ループの中で、自分の事しか考えていないアレクシは目の前にいるレインニールが不安げにしていることに気が付かない。
一言、優しい言葉を、励ましをかけるだけで救われるのだろうが、レインニールのためになることは何かと考えることに集中して、それがまた室内の雰囲気を重くしていた。
はたから見ていると可愛いのだけれどね。
パンドゥラは、アレクシの振る舞いに震えあがっているレインニールが気の毒で仕方ない。
10ほどの歳の差も影響し、レインニールにとってアレクシは大人である。
大人である彼を失望させていると感じて、悲しんでいるのだ。
不機嫌の理由が自分だと思いこみ、萎縮してまた失敗をする。
その輪の中から出ることが出来ない。
ある意味、似た者同士。
彼ではレインニールを救えない。
パンドゥラはそう判断を下した。
他に礎は2人いる。
火の礎ジェラールは子どもが苦手らしく、レインニールに近寄らない。
パンドゥラが観察したところ、扱いに困っているようだった。軍人育ちの彼は男同士なら平気なことも、女性、ましてや女の子となると近寄りもしない。
サシャがいる時に、何とか交流を試みている姿はラウルをはじめ、周りに笑われている。
風の礎ラウルは、レインニールを遊びものとしている。
サシャの館へ酒を持ち込み、酒盛りを始める。
一応、レインニールに対してアルコール度数のない物を用意するなど気を利かせるが、酔いが回り始めると、ダメだった。
コルクをあてて注意を引こうとする。
手の中にコルクを隠して左右どちらかに入っているか当てさせようとして、どちらにも入ってない。
カードゲームで本気で戦いを挑む。
レインニールも大泣きはしないが、何度も目に涙を浮かべてはサシャに慰められている。
パンドゥラはもう何度目か分からないため息を吐いて首を振る。
全く、いつの時代の礎も…。
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