第59話
サシャは聖女王の説明を聞いても納得していなかった。
レインニールが意識を失ったのは古の礎の力に触れたためだとのことだったが、それは間違いではないと思われた。
だが、それだけではない、という不確かな確信がある。
書庫の奥には先代たちの所有物を管理する別室がある。
破棄されたものも多いらしいが、日記や芸術的に価値があるようなものは保管されている。
時間を見つけては一人、その中で書物を読む。
何処かにあの洞窟について記載したものがないか調べていた。
洞窟でレインニールを見つけ抱き上げた時、サシャはわずかに古の礎だと言われる力に触れた。脳裏には深淵から吹き上げるような水流を感じた。天へ突き抜けるような勢いはやがて世界を駆け巡り大地へ降り注ぐ。
あのイメージは何だったのだろうか。
指先にある残滓は中々消えそうにない。時折、思い出しては震えが止まらない。
同じ感覚をレインニールも抱いたのだろうか。
洞窟での出来事は覚えていないと答えていたが、嘘だろうとすぐに分かった。
誰かに口止めされている。
それに気が付いたとき、胸に宿る違和感が形を成す。
自分に全幅の信頼を寄せてくれていたレインニールに偽りを告げられたことも衝撃だったが、彼女自身に何か起きているのだと察せられた。
聖女王からの許可なしでは他言できない、世界の理にかかわる重大なことを知ってしまったのだろう。
レインニールも聖女王も責めることはサシャには出来ない。
だから、書庫に籠った。
あの洞窟、あの力の正体、答えを見つける必要があった。
目の奥に痛みを覚え、本から目を離す。
同じ姿勢を取りすぎているので、頭を左右に振って首を伸ばす。鈍い音がして思った以上に肩が凝っていた。
答えを見つけてどうするのだろうか。
秘密にされるということは何か意味があっての事だろう。
水の礎である自分に何を隠そうというのか、聖女王の考えが分からない。
以前は無邪気に笑っていたレインニールの顔が、最近はふとした瞬間に曇ることがある。
どこか大人びた表情に、サシャは胸が痛かった。
聖域に来てもうだいぶ経つ。そろそろ、学舎に入れることを本気で考えなければならない。
同年代の子どもたちと触れ合う機会も作らなければいけないだろう。友人も必要だ。
まるで子離れできないでいる親のようだ。
必死に言い訳を探す自分は、子育て中の親と一緒だと自嘲する。
ラウルの指摘は正しい。
この想いはレインニールを実の子のようにかわいがったせいだ。
手に持っていた本を閉じ、書棚へ押し込む。
胸にある想いは行き先を探して渦を巻いている。
ただ、本を読んでいたはずなのに、激しい運動をした後のように息が上がる。
余計なことは考えても答えはない、と踵を返すと足元に何かが絡まった。
視線を落とすと絵葉書ほどの大きさの紙が落ちていた。
手を伸ばして拾って眺める。
それには虹の絵が描かれてあった。
2本の虹の下には達筆な字で文章が書かれている。
色あせていたがサシャには十分読むことが出来た。
「虹のふもとに眠るのは だれ?」
視界の端に人影が映る。慌てて顔を上げると、レインニールによく似た容姿の女性が腕を組んで立っていた。
聖域でも限られた人間しか入ることが許されない場所である。不審人物がいるわけがない。
咄嗟に身構える。
その様子を見ても相手は慌てる様子はない。
何処か呆れ果てたようにため息を吐く。
「そんなものが残っているとは物持ちが良いこと」
虹の絵の事を言っているのだと気が付くのにしばらく時間がかかった。
話しかけてくるとは思っていなかったせいもある。
思考が状況に追いつかない。
「ありのままを伝えるわけにはいかないけれど、秘密主義も困るわよね」
「な、何のことだ?」
「レインニールにめいいっぱいの愛情をありがとう。私には出来なかったから」
その言葉に彼女が古の礎であると直感した。
隠している想いも彼女には見透かさていると察して血が上りそうになる。
相手は自分よりもずっと多くの事を知っている。
冷静に対応しなくては突き放されるだろう。
何度も息を整え、動揺を鎮める。
「幼い頃より見ていたと?」
「そう、産まれた時からずっと」
サシャは拳を握り締める。
親に見放されたこと、村に帰れなくなったこと、全て知っているのだ。
そして、礎の力があっても直接それを救うことはできなかったのだ。
「レインニールはあなたの後継者ということか?」
相手は微妙に顔を歪める。
「お前はレインニールの事を大切に思っている。だから、話をしに来たわ」
「お前でなく、サシャだ」
名乗ると相手はとても嫌な顔をする。
「礎なんてすぐに交代してしまうのに…。まあ、良いわ。特別に覚えておくわ。サシャ、水の礎ね」
すぐに交代してしまう。
その言葉に驚愕する自分に、サシャはさらに驚いた。
永遠に続くものではないと頭では分かっていた。
いずれは水の礎の力が衰え、世界のどこかで水の礎の力を宿した子どもが産まれる。
そうやって繋がっていることを理解していても実感はなかった。
そして、目の前の相手は幾度となくその交代劇を目撃してきたのだろう。
名前を覚えておくことが億劫になるほどの長い時間が、彼女の中を過ぎていったのだろう。
「では、サシャ。レインニールに対してどれほどの思いがある?その命、賭けられる?」
これは取引を持ち掛けられていると察した。
他の礎ではなく、自分が選ばれたことにわずかながらに興奮を覚える。
「レインニールが幸せになること、それが望みだ」
言葉にすると胸にしっくり来た。
形はあってもそれが何なのか表すことを躊躇った。
けれども、今ここで胸にあることを告げなければ、相手は興味を失くすだろう。
相手はにたり、と赤い唇に笑みを浮かべる。
「良い返事だわ」
サシャも相手の反応に満足したのだった。
~~~~~~
もともと、例の虹の絵はパンドゥラさんが導き、サシャが見つけたものでした。
そして、描いた人はきっとパンドゥラさんの…。
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