第50話 ポレットの聖女日記・26
アレクシはエメリーヌとの距離を詰める。
「聖女王試験中だというのにレインニールの妙な噂を流し、聖域を混乱させようとしているのか!」
思わぬ誤解が生まれエメリーヌは動揺して後退する。
あまりのアレクシの鬼気迫る形相にうろたえる。
「そ、そんなつもりではありません!ただ、レインニール様のことを知りたかっただけで」
エメリーヌ自身の好奇心、そして、ポレットの事を思い、聖域内外色々な人から少しでも情報を得ようと手当たり次第に聞いて回っていたのが仇になったようだ。
隣にいるコルネイルも肩をすぼませる。それほどまでにアレクシの怒りは周囲を巻き込んでいる。
「人の過去を掘り返され、どんな気持ちになるか考えたことはあるのか!」
そこまでの事だとは配慮が足りなかった。
エメリーヌは思わず眉を寄せる。レインニールに辛い思いをさせたのだとようやく気が付いた。
「あらあら、今はそれどころではないのでは?」
何処か面白がるような女性の声が聞こえたと同時にエメリーヌとアレクシの間に人が現れた。
ゆったりとしたカーブを描いた銀髪は風に揺れ腰下まで届いている。黒いミニドレスの裾がふわりふわりと遊んでいるように見える。
人型、ではあるが、薄っすら向こうが透けている。
肉体を持たない、精神体のようである。
アレクシは突然に現れた女性に顔を引きつらせる。
「何処から出てきた?」
「アレクシ様、離れて!」
ジェラールが声を上げ、腰にある剣を引き抜く。きらりと輝きを残しながら女の体を突き刺した。
エメリーヌは目の前までの迫った刀身を下がりながら避け、足がもつれた。コルネイルがつかさず体を支える。
女は何も反応しなかった。
代わりに剣が炎に包まれる。
慌ててジェラールが戻そうと引くが、剣に抵抗され焦りの顔を浮かべる。
「聖女王陛下のご加護を頂いた剣だぞ!」
炎が手元まで届き、思わず手を放す。剣は女の腹のあたりを貫いたまま、炎を帯びて静止している。
「だからでしょう」
剣はゆっくりと炎をおさめ、見えない手があるように女の体から抜かれる。そして、まるで羽根が風に吹かれる様にジェラールの元へ戻った。
炎がないとはいえ、恐々ジェラールは剣を手に取る。
「大事になさい」
剣が通用しないことに驚きを隠せず、ジェラールは鞘に戻せない。
「中でレインニールが頑張っているのに、これはなに?全く、いつの時代の礎も…」
最後は小さく呟いたが、そばにいるエメリーヌにははっきりと聞こえた。
「あまりに聖女王候補が可哀そうになって出てきてしまったじゃないの。あとで私が怒られるのよ?」
どうしてくれるの?とアレクシを睨みつける。
当然、彼には答えはない。
「大事な仲間が大変なことになっているのよ」
ふわり、と女がエメリーヌを振り返った。
「聖女王候補としてすべきことがあるでしょ?」
その顔の造作は美しく魅惑的であった。
誰かに似ている、とエメリーヌは気が付いて息をのむ。
話は終わったとばかりに、くすりと笑った女性は髪を揺らしながら風の中へ入っていく。
「まって!」
エメリーヌは声を上げると彼女はにこやかな笑みをたたえ顔を向けた。
「いつも書庫ではありがとうございます。とても助かりました」
彼女はいつも書庫で助けてくれた幽霊だと何故だか確信があった。
返事はないが、笑みは深くなったようだった。
背を向けると軽く手を振られた。
伝わったことにほっと胸を撫でおろしたが、微かに手が震えている。
夢でも見たのかと信じられず、何度も瞬きを繰り返す。
「今のは…」
コルネイルも受け入れられず、声が上擦っている。
エメリーヌは気合を入れるように頬を両手で叩いた。
礎の皆が驚いてこちらを見たが気にしてはいられない。
『すべきことがあるでしょ?』
優しい声であった。けれど、厳しい指摘でもあった。
光の粒が何処からか現れる。数は次第に増え、風だけでなく中庭全体に広がっていく。
レインニールの力だと思った。
ポレットを助ける。私も聖女王候補としてやれることがあるはずだ。
まだ、じんじんと痺れる両手を組んで祈りを捧げる。
瞳を閉じればポレットの笑顔が浮かぶ。
待ってて、今、祈りを届けるから。
エメリーヌはゆっくりと己の力に集中していった。
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