第49話 ポレットの聖女日記・25

 エメリーヌは廊下を歩いていた。

 開いている窓から流れてくる風が変わったと顔を上げると、コルネイルが向こうの廊下を走っていくのが見えた。

 彼も視界の端にエメリーヌがいたことに気が付いたのか、方向を変えて戻って来た。


「エメリーヌ、無事だな?」

 予想もしない問いかけに、エメリーヌが瞬く。

「はい、特に異常はありません。何かあったのですか?」

「あ、ちょっと。うん。この後の予定はキャンセルな?部屋で待機」

「それで納得して戻ると思っているんですか?」

 一方的に仲間外れにされ、カチンときた。

 何が起きているかは教えられないことに苛立ちを覚える。


「怒るなよ」

 詰め寄られてコルネイルは顔を歪める。

「コルネイル様、こちらです!中庭のほうに」

 廊下の向こうから護衛官たちが声をかけてくる。

 エメリーヌはそれを聞いて、中庭に向かって駆けだす。

「あ、馬鹿!」

 慌てて止めようとするがコルネイルの指先はすでに届かない。

 悪態をつきながら後を追うことにした。



 中庭の中心に風が渦巻いていた。

 エメリーヌはそれを見上げて、口を開ける。

 自然現象ではない。なぜなら、風からポレットの気配を感じるからだ。

「これは何なの?」


 立ち尽くすエメリーヌの横を豊かな金髪が大きく揺れながら通り過ぎる。

 その前をアレクシが両手を広げて止める。

「落ち着け、フロラン。何も策なしに飛び込むのはあまりに危険だ」

「退いてください!私の責任です!」


 今まで聞いたことのないフロランの焦った声に、アレクシの言葉。

 そこから事態は最悪なのだと察せられた。

 すぐ横でコルネイルがちらりと見てよこす。

「自重しろよ。でないと、無理やり部屋へ連れて行くぞ」

 エメリーヌはゴクリと唾を飲み込む。


 あれだけ気を付けていたのに。

 落ち込んだポレットを元気付けようとお茶会を催したり、一緒に課題に取り組んだりしたのにダメだった。

 風の音がポレットの泣いている声に聞こえ、エメリーヌは強く唇を噛む。


「中にレインニールがいます」

 フロランの自信に満ちた物言いにその場にいた全員が顔色を変える。

「この事態に、レインニールが気付いていないわけがない。だから、行きます」

「落ち着け、フロラン。誰もレインニールが中にいると確認できていない」

「レインニールが聖女王候補の危機に駆けつけないわけがないでしょう!」


 そう叫ぶとアレクシの手を掻いくぐり渦巻く風の中に駆け込んでいく。

「待て!」

 慌てて風の中へアレクシが手を突っ込むが、そばに来たジェラールに止められ渋々腕をおろした。


「幾人も入るのは危険です」

「分かっている」

 二人は苦々しい顔で風を見つめる。


 風の勢いはいまだ衰えが見えない。

 逸る気持ちはエメリーヌも同じである。

 今の場所から動けば、コルネイルに強引に部屋に戻されてしまうことだろう。

 何か出来ないか、周囲を見回しても解決策は浮かばない。

 アレクシとジェラールは何かを話し合っているようで、低い声の中に時折、レインニールの名前が入る。

 先ほど、フロランが言っていたせいもあるのだろう。


 聖女王候補の危機に駆けつけないわけがない。

 エメリーヌはレインニールがただの研究員ではないと思っている。

「やはり、レインニール様は聖女王候補だったってこと?だから、私たちを具体的に滞りなく導くことが出来た?」


 思わず零れ落ちた言葉に、アレクシが振り向く。

 コルネイルにぎょっとした顔をされエメリーヌのほうが焦る。

「お前だったのか!研究員や神官たちからレインニールの事を聞いて回る者がいると報告があった」

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