第51話 ポレットの聖女日記・27

 翌日の夕方、ポレットとエメリーヌはレインニールの執務室を訪ねた。

 昨日は遅くまで二人でいろんな話をした。

 翌朝、時間を見つけては書庫へ出かけ、情報を集める。

 昼ご飯を食べながら打ち合わせをして、今に至る。


 真剣な面持ちの二人をレインニールは優しい顔で出迎えた。

「昨日は、本当にありがとうございました」

 ポレットは深々と頭を下げる。

「体調も問題ないと聞きました。力も安定しているので大丈夫そうですね」

 テーブルの上に紅茶を並べる。

「エメリーヌも立派でした」

「いえ、もっと前もって出来ることがあったと反省しています」

 その答えにレインニールは納得したように頷いた。


「突然、申し訳ございません。レインニール様にどうしても確認したいことがあり伺いました」

 ポレットはテーブルに虹の絵を置く。

 陛下のお茶会でも話題になったものだ。

「あの時、レインニール様は虹の番人がいると仰られました。それはレインニール様の事でしょうか?」


 突拍子もないと言われても仕方がないと思ったが、レインニールは無言で先を促した。

 続けたのはエメリーヌだった。

「昨日、書庫の幽霊に会いました。彼女には気になる点がありました。

 一つ、いつの時代の礎も、と言ったのです。つまり、かなり昔から存在しているということです。

 二つ、あの場には礎様や私がいました。けれど、名前を呼んだのはレインニール様だけ。

 三つ、印象は確かに異なりますが、レインニール様の容姿にとても似ていました」


「私たちは昨日、レインニール様のお力と繋がりました。それは陛下とも礎様たちとも違う不思議な力でした。深淵から猛烈な勢いで吹きだし天まで届くような感覚でした。同時にそれは私たちが試験を受けている間、ずっとそばにある力でもありました」

 ポレットは絵を取り上げる。

「虹のふもとに眠るのは だれ?私たちは眠っていたのはあの幽霊ではないのかと考えました」


 エメリーヌが力強く頷く。

「この世界は以前、別の空間にありました。陛下が聖女王試験を受けた後、すでに疲弊した空間から新しく見つかった現在の場所へ前聖女王とともに力を合わせて移動されました。当然、眠っていた虹の番人も起こされ、一緒に移ってきたはずです」

「おそらく、陛下は虹の番人を眠らせていないのだと思います。虹の番人には役目があり、礎が何度も交代するほどの時間を過ごす。肉体を保つことが出来ないほどの時間です」


 唇を噛み、ポレットは暫く目を閉じた。

 やがて、決意したように前を見据える。

「その犠牲の上に、世界が成り立っていることに陛下は心を痛めているのだと思います」

 力強い瞳を受けながらもレインニールは沈黙したままだった。

 否定とも肯定とも取れる表情は聖女王候補たちを不安にさせるが、導きだした答えには自信があった。


「私とエメリーヌは新世界の聖女王候補です。つまり、この世界と同じように新世界にも虹の番人がいます。それがレインニール様ですね」

「幽霊とレインニール様が似ているのは、力のやり取りがあったからではないか?と考えられます。以前の世界は寿命を迎えていました。虹の番人もその役目を終えようとしていたはずです。肉体はなく、すでに精神体であったとしても意識を保てているか微妙な状態でしょう。そこにレインニール様が新世界の虹の番人が現れた。影響がないはずはありません」


 エメリーヌの断言に、レインニールはそっと目を閉じる。

 彼女たちの言葉を噛みしめるように深く息を吐いた。

「まだ新世界の聖女王候補であるあなたたちに真実を告げることは許されていません」

 ポレットは大きく息を吸い、顔を上げて目を輝かせる。

 エメリーヌは両手を握りしめ、笑顔を浮かべる。


 二人は強く納得する。

 レインニールがこの試験に参加した理由も見えた。


 ポレットは立ち上がる。

「私、絶対にレインニール様を眠らせません!一人になんてさせません!」

 突然の宣言に、レインニールだけでなくエメリーヌも驚いて瞬く。

 レインニールが虹の番人であることを告げるまでしか打ち合わせをしなかったからだ。

「私が聖女王になって、レインニール様の力を頼ることがあっても絶対に眠らせません!」




 数日後、ポレットの力強い言葉を思い出して、レインニールは笑みを零す。

『眠らせません!』

 その言葉に喜ぶべきか、期待すべきか、はたまたと思いを巡らせる。


 ふわり、と気配を感じて視線を動かせば、聖女王候補たちが幽霊と呼んでいた女性が困ったような顔で傍にやってきた。

「パンドゥラ」

「聖女王候補たち、書庫に入りびたりよ。休む場所がないわ」

 どうやら書庫から逃げて来たらしい。


 あれから聖女王候補たちは以前より真剣に課題に取り組むようになった。

 礎や教官たちの講義も積極的に意見し、問い詰めることもある。

 最終選考もはじまり周囲もざわついているが、彼女たちにはその雑音は聞こえていないようだ。


「まぁ、どんなことになっても見守るわ」

 晴れやかな笑顔を見せ、パンドゥラはレインニールに片目を閉じた。

 見守る対象は聖女王候補たちだけではない。

 分かっている、とレインニールも頷き返すのだった。

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