第47話 ポレットの聖女日記・23

 レインニールが廊下に出ると心配そうにエメリーヌが顔を上げた。

「エメリーヌ、お願いできますか?」

 彼女は強く頷くとポレットのいる部屋へ入っていく。

 その背を温かい目で見送る。


「ご苦労様。体調はどう?」

 声をかけられ振り返るとフロランが立っている。

 立っているのがやっとだったレインニールをここまで連れて来たのはフロランだ。

 休めという声を聞かず、ポレットのところへ行くとわがままを言ったのだ。


「ご心配をおかけしました。思ったより回復しています」

 自分の足で歩いて部屋から出てきたのを確認して、フロランはため息を吐く。

「まさか、全部、レインニールの思惑通り、ではないでしょうね」

 やや非難するような顔を見せる。


「違いますよ。さすがにポレットの気持ちまで利用しようとは思いません」

 その言葉の何処かに隙はないか考えようとしたが、途中で放棄する。

「ま、良いわ。戻りましょう」

 フロランはすっと手を差し出す。

 意味が分からずレインニールは手と顔を見比べる。


「疲れた。連れてって」

 急に甘えたような声を出され驚いていると、早く、と急かされる。

 仕方なしにレインニールはフロランの手を取った。

「前を歩いて」

 指示を出され、何か意味があるのだろうかと首をひねりながらフロランを引っ張りながら歩く。


「ごめんなさい」

 後ろから落ち込んだ声が聞こえ、振り返ろうとすれば、そのまま、と拒絶される。

「私がもっとポレットが納得するように言えば良かったんだわ。やり方はいくらでもあるのに、あんなに悲しませてしまった。レインニールにも迷惑をかけたわ」


 しょんぼりと肩を落とす様子が背中から感じられて、レインニールは優しい顔をする。

 フロランが弱音を見せるのは貴重だった。

 いつも強引に人を引っ張っていくのに、今は後ろからとぼとぼと付いてくる。


「女性は共感して欲しいのだそうです」

「まって、サシャ様の事、話したの?本気?」

 繋いでいる手が大きく跳ねる。フロランは驚いたようだった。

 気持ちが動いたことを確認して、レインニールは後ろを向いた。

「ポレットは納得する理由を探していました。私の事を研究員として尊敬もしてくださっていたので単純に憎むことも出来なかったのでしょう。その心のバランスが取れず、今回の事が起きたと思います」


「じゃあ、ポレットを納得させるためにサシャ様の事を話してしまったの?」

 話したのはレインニールだが、フロランはまるで自分の事のように傷付いた顔をする。

「レインニール、あなたは大丈夫なの?その体で、ポレットの力を受け入れたばかりよ?あなたのほうこそ力が暴走してしまわない?」

「年季が違いますよ」

 すでに対応済だと言外に告げると、フロランは悲し気な顔をする。


「つくづくあなたには脱帽するわ。お願いだから、私を置いていかないでね」

 レインニールはフロランの言葉には応えない。

 だから、フロランはレインニールを追いかける。手を、腕を絡める。

 本当なら、閉じ込めておきたいのに、それはやってはいけないと分かっている。


 そっと肩口に自分の頬を寄せる。

 あれだけ甘い物を食べるのに、レインニールの肩は研究員の制服の上からでもフロランの頬に刺さるほど細い。

 その事実に自然と唇を噛む。


 己の力を制御するためにどれだけ律しているのか、想像するだけで辛い。

 聖女王の力に満ちた聖域であれば、楽に過ごせるのに、支部や地方へ出て行ってしまう。

 この力の向かう先を探している。


 フロランは顔を上げる。

「こんな時は美味しいものを食べるべきだわ。カフェテリアに行きましょう?」

 先ほどまでのしおらしい雰囲気は何処へやら、レインニールの腕を抱え込んだまま歩き出す。


 いつものフロランが戻って、レインニールは胸を撫でおろしたのだった。

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