第46話 ポレットの聖女日記・22
ぼんやりとした視界に映ったのは見慣れた天井だった。
何度か瞬くと徐々に視界は鮮明になり、自分はベッドの上らしいことが分かった。
ゆっくりと頭を動かすと、すぐそばにレインニールが座っていた。
ポレットの顔を見て穏やかに微笑む。
ハッとして身を起こそうとすると、つかさずレインニールが背を支えクッションを差し込んでくれた。
「レインニール様、この度は大変、申し訳ございませんでした」
頭を下げると彼女は首を振ったようだった。
さらさらと銀髪が肩口で音を立てる。
「明日、陛下、礎の皆様、エメリーヌに感謝を」
「勿論です。でも」
ポレットは思わず口籠る。
あの時、真っ先に駆けつけてくれたのはレインニールだった。
感情が抑えられず、力が指先から体中から抜き取られる様に放出された。
自分でも制御できないそれをレインニールは丁寧に絡めとって、収めていった。
レインニールが持つ力を間近に感じ、いくつも疑問が溢れてくる。
「レインニール様は、」
どれから聞けばいいのだろうと言葉を探していると、フロランがレインニールの腕を掴んだ光景が脳裏に浮かぶ。
「フロラン様のことをどのように思っているのですか?」
フロランの気持ちは聞いた。
では、レインニールは?
単純に思いついた問いだった。
「あの方は楔です」
濁されるかと覚悟をしたが、レインニールは真剣な面持ちで答えた。
「私と、聖域、この世界を繋ぎとめてくださっています」
ポレットは何故だか無性に泣きたくなってしまった。
まだ、恋だの愛だの慕っているだの言われるほうが良かった。
楔など言われてしまってはとても敵わない。
自分の感情ではどうしようもない魂の領域で二人は繋がっている。
フロランの、またレインニールの視界に自分が入ることはできない。
全てを察してポレットは涙を流す。
やや困った表情でレインニールがその涙を拭う。
「フロラン様を慕っているのでしょう?」
「フロラン様といると安らぐのです。緊張が解れて、だから…」
言葉にしてしまうと認識が強くなってしまった。
曖昧だったものがしっかりと形を成してしまった。
「ごめんなさい。レインニール様が羨ましくて」
震えるポレットの肩をそっと撫でる。
「聞いてしまったのですね。私がフロラン様ではなく、違う方を思っていることも」
ぴくん、と体が跳ねてしまい、隠せなかった。
フロランと約束したが、守れなかった。
「やはり…。フロラン様もご自分を責めているのでしょう」
意味が分からず、レインニールの顔を見つめる。
「私は水の礎の先代、サシャ様を今もお慕いしているのですよ」
その名は記憶にあった。
エメリーヌがレインニールの学舎初等科入学式に保護者代わりに付いてきていたという人だ。
そして、サシャの力の喪失によりフロランが水の礎となったことを考えれば、仕方のないこととはいえ割り切れないものがあるのだろう。
フロランが亡くなったと言っていたのはサシャの事だったのだ。
ポレットの顔色が変わったことにレインニールは微苦笑を浮かべた。
「ご存じの通り、サシャ様は礎を退かれた後、旅先で事故に遭いました。現場に駆けつけ遺体を探しましたが、現在も見つかってはいません。悲惨な事故であること、生存は難しい状況であることから死亡として処理されました」
淡々と話すが、内容から当時のレインニールの動揺が窺える。
ポレットはレインニールの気持ちに思いを馳せる。
彼女は永遠にサシャとともに生きることが出来なくなった悲しみを抱き、失恋より深い傷を残している。
こんなに完璧な人なのに、一番大切な人を失った苦しみは今なお、心を締め付けている。
自然とレインニールの両腕を掴んでいた。
羨ましい。そう口に出したが、同じくらい強い思いがある。
「レインニール様に憧れを抱いていました。皆さまに信頼されて…」
単純に怨むことが出来ればどれだけ楽だったか。
己の中にある複雑な感情を持て余し、ポレットは聖女王の力を暴走させてしまったのだ。
「陛下の言う通りですね。もっと早く、ポレットと話をすべきでした」
反省をするレインニールだったが、ポレットはただ未熟な自分を認識するのみであった。
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