第37話 ポレットの聖女日記・13
「この間は悪かったわね」
フロランに笑顔で謝った。
「いえ、大丈夫です」
何が大丈夫なの、と思わずポレットは自分自身に突っ込む。
にこにこと笑う悪意の感じられない顔で、かなり強かであることが分かったフロランに簡単に心を許してはいけないと何度も決意するのだが、つい、気が緩んでしまう。
「はい、お詫び。このジュースはポレットのために取り寄せた果物で作ったのよ。それから、こちらのクレープもさっき私が焼いたの。食べてね」
自ら用意してくれたことに喜びながら、口をつける。
果物やクリームとアイスに包まれたクレープの甘さを、ジュースがさっぱりと流してくれる。
「美味しい」
素直に感想が口から洩れ、頬を染める。
フロランはほっと息を吐いて笑みを深める。
「良かった。ポレットが喜んでくれて嬉しいわ」
日の当たるフロランの執務室でいつものようにポレットは出されたものを食べていた。
「課題も順調みたいね。レインニールから色々と聞いているのよ」
やはり、話題はレインニールに関することである。
すでに悪びれることはない。
「フロラン様とレインニール様は、その、恋人同士なんですか?」
こうなっては潔く尋ねるしかない、ポレットはそう思って意を決した。
きょとんと眼を丸くしてフロランが一瞬怯んだが、すぐに苦笑に変わった。
「そうね、エメリーヌにも同じようなことを聞かれたわ。お年頃だものね」
「ごめんなさい」
「いいの。あなた達の前では気を付けていたんだけど、他の礎たちの前ではどうしても牽制しなくちゃって思ってしまうのよね。私も品がない」
フロランはジュースではなく紅茶を入れる。とぽとぽとお湯を注ぎながら、穏やかな顔をする。
良い香りが漂った。
「恋人同士かと言われたら、違うわ。私の片思い。あの子の心の中には私ではない人がいるの」
表情が曇り、肩を落とす。
「分かっているのよ、だから、レインニールを責めないでちょうだい。私はあの子のその心のまま受け入れているのよ」
「お辛くないですか?」
「辛いと思ったことはないわ。出会った時から敵わない相手だから、それごとまとめて引き受けるの。だから、誰にも譲らないわ」
ふわりとした印象のフロランには珍しく強い意志を宿した瞳で宣言した。
「ごめんなさいね。こんな話を聞かせるなんて。ポレットにはもう少し優しく包み込んでくれる素敵な人が現れるわ、きっと」
「ありがとうございます」
「それと、私の事は良いけれど、レインニールのことは言わないでね。みんな知っていることだけれど、あの子の前ではタブーよ」
確かに、自分の気持ちを勝手に暴露されては堪らない。
ポレットは勿論だと頷く。
「レインニールは今も、亡くなった人の事を思っているの。だから、私は待つことにしてるのよ」
なるほど、と納得する。
レインニールは何を考えているかポレットには分からない。
勿論、彼女のほうが年上であるし経験も知識も格上、自分が適うはずはない。比べているわけではないが、その視線は自分とは合わない。それはこの世のものを見ていないからだろう。届かないはずだった。
レインニール様はその心に何を宿していらっしゃるのかしら。
その胸の内を話してくれる日が来るのだろうかと、ポレットは遠い目をして思いを馳せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます