第36話 ポレットの聖女日記・12

 ポレットは何気なく、火の礎ジェラールに書庫であった出来事を話してしまった。

 彼は顔色を変え、詳しい事情を尋ねてきたので、素直に答える。

 ジェラールのもとで取られていた時間の枠はまだあったため、二人で書庫へ出かけることになった。


「あの、特に悪さを受けたとかではないので、その、そんなに真剣にならなくても大丈夫です」

「聖女王陛下のお膝元で、そのような不可解なことが起きているのを見過ごすわけにはいかないだろう?」

 彼は腰にある剣の柄を撫でながら、書庫の奥に入っていく。


 あぁ、失敗した。

 ほんの世間話程度のつもりだったのだが、大ごとになってしまった。

 ジェラールに付いていきながら、項垂れる。


 ポレットと恐らくエメリーヌは何かしらがいることに気が付いている。

 しかし、ジェラールは一度も会ったことがないという。

 話す相手を間違えた。


 落ち込みながら進むとエメリーヌが立っていた。

 こちらを見て目を見開く。


「どうしたの?」

「な、なんでもないわ」

 挙動不審になる彼女の手には長い棒がある。

 書庫には似合わないそれに視線が止まる。


「こ、これは違うの。何か出てきたらこれで対処しようと思って」

 聖域内で、不審な者がいるわけがない。常に警備兵もいるし、聖女王や礎たちを守る護衛官もいる。今は聖女王試験が行われているため、特に厳重に警備がされている。


「聖女王候補が怯える何かがここにはいるというのだな」

 ジェラールの気持ちは大変うれしいのだが、違うと訴えたい。

 しかし、ここに来るまでに何度も伝えたが納得してもらえなかった。


 エメリーヌも分かっているのか口を開いたが、ポレットが首を振ったため結局何も言わず閉じた。

「どのあたりで見かけたのだ?」

「えっと、そこの書棚あたりで」


 指し示す場所を細かく確認する。

 誰かが隠れる場所はないか、外から侵入は可能か、並ぶ本を動かしながらその背後も見ていく。

 だが、どこにも不審な点はない。


「エメリーヌも会ったのか?幽霊に」

「幽霊?えっと、確かにそういう感じではありますが」

 表現するなら幽霊しか浮かばなかった。はっきりと姿は見えないが、確かにいるのだ。


「本を読んでいたらページを捲られたり、ペンを転がされたり、並んでいる場所を教えてくれたり、そんなところです」

 ポレットも横で激しく同意する。


 被害はこれといってないのだ。

 捲られたページに気が付いていない重要な内容があったり、ペンが転がった先に忘れ物が落ちていたりとどちらかというと役立ってくれている。


 ジェラールは眉を寄せる。

 奇妙過ぎて納得できないのだろう。ポレットとエメリーヌもどう伝えれば良いのか悩ましいのだ。


「ひとまず、奥まで見てこよう」

 姿勢正しく歩くジェラールの背を追いながら、二人は顔を見合わせる。

 本音を言えば、いなくなってしまっては困るのだ。

 妖精、とか言えば良かった。そうしたらまだ、可愛げがあったかもしれない。


 正面から見ることはない。ただ、目の端に、ふと女性の姿が映り込む。慌てて視線を動かすとそこには何もない。それを繰り返すばかりだ。

 何となく、黒っぽい服と白い手足が印象に残る。

 足が見えるということは服の裾は短いのだろう。

 あとは鱗粉のような光の粒が舞うのを見かけるといったくらいだ。


 かなり奥まで進むと、扉が現れる。

 ジェラールはそこで立ち止まる。

「この先は、聖女王候補では入ることが許されない。知っているな?」

 二人は真剣な顔で頷く。

 ここは普段は鍵がかかっており、陛下や礎たち、特別な許可を得た者しか入室できない場所だった。


「念のため、見てくるか。その辺で待っていてくれ」

 ジェラールは扉を開けて入っていった。

「ごめん、エメリーヌ。私、余計なことを言っちゃった」

「そうでもないわ。私も気になっていたから」

 エメリーヌが持っている棒を二人で見る。

「これが役に立つとは思ってないわ。ただ、護身用よ」


 やや顔を赤らめて、その辺、見てくると言い残し、彼女は歩き出す。

 見送りながら、ポレットはもう一度、扉を振り返る。

 幽霊なんて言ってごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。

 しょんぼりと肩を落とすと、床に落ちているものに気が付いた。

 先ほどまで目に留まらなかったが、ジェラールが扉を開けた際に、何処からか落ちたようだった。


 ポレットはそれを拾い上げる。

 絵葉書のようなやや厚手の紙は、年代物なのかかなり色が変わっている。

 空を描いたような絵には虹が二本ある。

 隅にあるかすれた文字をかろうじて読むことが出来た。

『虹のふもとに眠るのは だれ?』


 何処からか視線を感じて、ポレットは顔を上げる。

 当然、誰もいない。

 手に持った絵と言葉を食い入るように眺め、その意味を必死に考えることにした。

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