第35話 ポレットの聖女日記・11

 二人が着席したのを確認した店員がつかさず、水を運ぶ。フロランは身を乗り出しながらメニューをレインニールに見せ、話をしているようである。

 一方、レインニールは背筋をピンと伸ばし、穏やかな表情を見せている。


「ねぇ、エメリーヌ」

「言わなくても分かるわよ」

 視線はフロランとレインニールに向けたまま、会話を続ける。

「もはや疑いようもないわよ」

「誰も気にも留めないということは当たり前ってことよね」

 ポレットはカフェテリア内の客を確認する。


 聖域内にある店なので当然、礎たちが利用することもあるだろう。

 慣れているとはいえ、女性と二人で現れたとなればざわつきそうなものである。

 しかし、浮足立っているのは自分たちだけだ。


「私の前でも、フロラン様は思いっきり惚気たわよ」

 エメリーヌは行儀悪く肘を付く。

「そういえば、フロラン様はレインニール様のドレスを一から用意するんですって」

「一から?」

 さすがに目を瞬かせて驚く。

 ポレットは頷いてその時聞いた話を伝える。


 ぽかんと開いた口が塞がらないエメリーヌは、何度もレインニールの姿を上から下まで舐めるように眺める。

「いや、それは、ちょっとどうなの、女性として」

「詳しくは聞いてはないんだけど、補正にも関わっているようだし、サイズとかご存じなんじゃないかなって思う」


 少し距離が出来ているが、本日もドレス姿のフロランは女性に見える。

 知らないものが見れば、親しい女性同士のお茶会である。

 しかし、聖女王候補たちは頭を抱える。


「ついていけない。変わり者って聞いていたけど、そこまでなの?」

 首を振って恥じらいがない、信じられないとエメリーヌが呟く。

『変わり者』

 レインニールを表す新しい言葉が出てきて、ポレットは驚く。

 やはり、エメリーヌはポレットの知らない情報を持っているらしい。


 二人の前を店員が通り過ぎる。

 盆の上には白いイチゴのタルトがホールサイズでのっていた。

 どこかで見たとポレットが視線で追いかけるとそれはレインニールの前に置かれる。同時に薄い緑色した飲み物が並ぶ。


 閃いてポレットはテーブルの脇に立てかけてあるメニューを引っ張り出し、確認する。そこには新メニューの文字で白いイチゴのタルトとケールのスムージーが記されている。

 全てが腑に落ち、ポレットはやるせない気持ちになる。


 まぁ、全ては喜んでくだされば別にいいんだけど…。

 ポレットは言葉にできない沈んだ感情を持て余し、深い息を吐く。

 その肩をエメリーヌが叩く。


「レインニール様、一人でタルト食べちゃった!」

 ついさっき、ホールサイズケーキが届けられたのである。

 そんなわけがないとポレットは目を凝らすが何度見ても、彼らのテーブルにあるタルトはレインニールの手元にある残り僅かな量だけである。

 ほんの少し、目を離したすきに何が起こったのか分からない。


 必死に目を瞬くポレットを尻目に、レインニールはタルトを優雅に口元に運ぶ。

 その動きは洗練されており、非の打ち所がない。ただ、吸い込まれる様に消えていく。

「あれはレインニール様のことだったんだ」

 フロランはケーキを出す際に1カットで良いか聞いてきた。

 それ以外があるのかと疑問に思ったが、これを見て納得する。


 ポレットはレインニールをどう評したらよいか全く言葉が見つからなかった。

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