第34話 ポレットの聖女日記・10

「ポレットのお陰で、無事に最後まで読むことが出来たわ」

 講義の予定もない午後、二人はカフェテリアで資料を持ち込み課題の打ち合わせを始めた。

 エメリーヌはポレットと顔を合わせるとすぐに感謝を述べた。


「正直、上下巻では意味が分からないことが多くて挫折しそうだったわ」

「うん。私、第一章でダメだった。気休めに別冊を読み始めたら、途端に内容が頭に入ってきたわ。本当、変な感じだった」

「先輩にこの著者の事を聞いたら、上下巻であまりに難解だから、周りの人の勧めで別冊を出すことになったらしいわ。もともと偏屈で、頑固な人だったみたいね」

 エメリーヌは両腕を組んで、ため息を吐く。


「でも、内容はかなり重要なものだから研究生は必ず課題として取り組むそうだわ。だから、今回、私たちにも出されたのね」

 さすが研究機関の学舎に在籍しているだけの事はある。繋がりを生かして情報を集めている彼女にポレットは尊敬の意を示す。

「さすがエメリーヌだわ。伝手があって羨ましい」


「そうでもないわ。良いことも悪いことも入ってくるわ」

 そういえば、試験の補佐で参加しているレインニールに対しても良いうわさと悪いうわさがあると言っていたことを思い出した。


「レインニール様のことも色々とうわさを聞いたの?」

 突然出てきた名前にエメリーヌは驚いたが、実際、色々と話が入ってきていたのは事実なので頷き返す。

「あの方は入学時から学舎では注目の的だったのよ。初等科の入学式に前の水の礎であるサシャ様と一緒に出席されたらしいわ。そのころレインニール様は聖域で過ごされていたそうよ」


「では生まれも?」

「いえ、辺境だったと聞いているわ。今ではもう存在してないそうだけど」

 少しエメリーヌは声を落とす。

「もしかしたら聖女王候補だったのかしら?時期は合わないけれど、可能性はゼロではないわ」


 ポレットも強く頷く。

「この間、森の聖殿跡へ行ったとき、私の力を導いて下さったけれど、とても的確で驚いたわ」

 その時の言葉は今も力を安定させるための手がかりとしている。


「でも、ポレットもよく頑張っていたわ。私、とっても感心したもの」

 突然割って入った声に、二人は顔を上げる。

 そこには蜜のような金髪を陽の光に輝かせているフロランと寄り添う月のような銀髪のレインニールが立っていた。


 噂話に花を咲かせていた二人は心臓が飛び出るほど驚いた。

「あ、フロラン様、レインニール様、ごきげんよう」

 先ほどまでうまく喋れていたのに急に口の中が渇いてあわあわしているポレットを横目に、エメリーヌが平常心を取り戻し、挨拶をする。


「二人ともごきげんよう。ふふ、楽しそうね。その課題はレインニール?」

 テーブルに広がった資料をざっと見てフロランが指摘する。

「そのようです。順調そうで安心しました」

 レインニールが淡く微笑む。視線の先には別冊が表紙を覗かせている。


「期限までまだ余裕がありますし、期待できそうです」

 満足そうにしているが、聖女王候補の二人は肩にプレッシャーがかかったのを感じた。

「では、あまり邪魔をしてはいけないわね。あちらの席へ行きましょう。お二人とも、またね」

 フロランはレインニールの腕を絡めとり、少し離れた席へ誘うのだった。

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