第24話

 泥を落として着替えた二人は、アレクシの待つ客間へ急いだ。

 アレクシは待つと言ってくれたが、あまりに長い時間を一人にするには気が引けたためだ。


「待たせたな。不都合はなかったか?」

「特にない。気を使わせてしまったようだ」

 テーブルの上にはお茶と菓子、そして本が置いてあった。

「その本はもともと、アレクシに渡そうと思っていたものだ。暇つぶしになったのならちょうど良かった」


 サシャの分はアレクシと同じテーブルに置いたが、レインニールは部屋の隅のソファに座り、そこにお茶と菓子を用意された。

 アレクシが予告もなしに来たことにサシャは何か話があるのではないかと思ったからだ。


「レインニールの面倒をサシャ一人にさせるのはどうかと思ったのだ。私にも出来ることがあるのではないかと」

 その言葉にサシャは頬を緩める。

 厳しい性格だと言われがちなアレクシだが、本質は違う。言葉が強いので誤解されやすいだけなのだ。


「そう言ってもらうと助かる。礎の仕事もあるし、聖域を空けることもある。俺にも苦手なこともあるし、その分、アレクシに手伝ってもらうのは非常に助かる」

 自分の申し出を受け入れられ、アレクシもほっとした表情になる。

「サシャは一人で抱えすぎる気がするのだ。尊敬しているが、礎としての歴も私のほうが長い。報告書でしか確認していないが、厳しい状況だったのではないかと心配したのだ。」


 どうやらレインニールの境遇も考慮しているようである。

 家に帰れないと分かった後のレインニールはかなり落ち込んでいた。言葉も少なくなり、何かに怯えるようだった。

 サシャは時間が許す限り傍にいるようにし、手をつなぎ頭を撫で、心が解れるのを待った。


 一緒に体を動かすのが良いと聞いたので、庭園の世話を手伝ってもらい、ようやく笑顔を浮かべるようになってきたところだ。


「サシャの苦手なこととはなんだ?」

「テーブルマナーとか作法とそういうところだな。聖域に来て苦労したと言えば、一番はそこだ」

 サシャは貴族の出ではあったが、アレクシと比べれば庶民と変わらない生活だった。男兄弟も多かったので、食事も取り合いが当たり前、気に入らなければ実力行使!という毎日だった。末弟であったサシャが勝ち残るためには体力ではなく、頭を使うこと相手をよく観察すること、であった。

 今はその要領の良さで何とか乗り切っている。


 一方、アレクシは幼い頃から厳しく躾けられている。貴族の中でも名門と言われる一族の出なので、物心つく頃には専門の教育係が付いていたのだ。

「確かに謁見だけでなく、人前に出るには必要になるな」

「あと、馬を見せてやってくれ」

「馬?」

 アレクシにしては珍しく頓狂な声を上げる。


 サシャは手招きで呼ぶと素直にやってくる。

「レインニール、馬を見たことはあるかい?」

「うん。家にもいたよ。でも牛のほうが多かったよ」

「馬の背に乗ったことはある?」

「馬は引くものだよ?背には乗らないよ」


 やり取りを聞いてアレクシは納得した。

 アレクシが飼っているのは乗馬用である。レインニールが知っているのは荷役用ということだ。

 これはレインニールが悪いわけではない。生活がそもそも違うのだ。

 貴族として当たり前に生活していたアレクシと村育ちのレインニールでは環境が違いすぎた。サシャはそこに目を付けたらしい。


「よく分かった」

 アレクシはレインニールに乗馬服を仕立て、幼い少女が扱える馬がいるだろうかと思案を始める。

 その様子を見てサシャは良い傾向だとほくそ笑んだ。

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