第20話
空のように高い天井を首が痛くなるほど伸ばして見上げる。
そこに描かれてある絵は様々な色が使われており、見ているだけでレインニールは目がチカチカすると思った。
ここに連れて来られて10日以上経っていた。
その間にメイドたちはレインニールの身体に合うドレスを縫い上げていた。ひらひらしたドレスに初めて袖を通したのだが、重く身動きができないという感想しか抱かなかった。
世話をしてくれた人の区別がレインニールにはついていない。
見たことのない服を着た人たちに圧倒され、顔の特徴を覚えきれないのだ。
メイドたちは基本、同じ服装をしている。そればかりが目に入り、個人としての認識が出来ず苦労した。
基本、レインニールにメイドが一人必ずついていた。
逃げ出すことはしないが、それでも幼い子どもに寂しい思いをさせないため、代わる代わる訪れては相手をしている。
建物内はレインニールにとって迷宮である。
何処まで行っても室内で、見回しても同じ造りで自分の位置を把握することが困難であった。
メイドに手を引かれ部屋に入るときれいな服を着た女性が立ち上がった。
頭を下げたメイドにレインニールも慌ててならう。
「元気そうで何よりだわ、レインニール」
彼女は聖女王の執務を補佐する役職にある者だった。
穏やかに微笑むと、レインニールの手を取る。
メイドは部屋を出ていった。
不安げに見上げると女性は大丈夫よ、と優しい声色でレインニールを安心させる。
補佐官と進んだ先に、聖女王が椅子に座っていた。
やや気だるげに肘を付いていたが、レインニールは聖女王から感じる言葉にできない威圧感に身体を強張らせる。
相手はゆったりとしているにもかかわらず、何かを感じて息が苦しい。
戸惑っている間に聖女王の前まできた。
何か言わなくてはいけないと思うのだが、まるで縫い付けられたように口が動かない。
聖女王はただ、首を振る。その仕草は悲しげだった。
「そうなのですか」
補佐官も分かっていたのか疑問を投げかけながらも、諦めの気持ちが溢れている。
「報告は読みました。類いまれなる能力の持ち主です。確実に今のこの私より溢れる力を持っています。会って確信しました」
称えられるような内容だがレインニールは自分が望まれた者ではないことを彼女たちの表情から悟った。
そうなれば、家に帰ることが出来る。明るい光を感じた気がした。
「しかし、境遇を思うと帰すのに躊躇いがあります」
聖域に着いたものの聖女王に会うまで時間を要したのはレインニールの健康状態回復のためだった。
必要な栄養が足りてないので点滴による栄養補給、また、健診や免疫強化のワクチン等の接種等々、聖域に来て怒涛のように受けた。
辺境の片田舎では受けることが出来ないほどの手厚い医療だが、レインニールの環境を思うと聖女王も補佐官も頭を抱えた。
どんなに力の調和をしても、物質的に何かを施すことが出来ない。
聖域では当たり前のことが、辺境では通らないのだ。
今いる礎たちもほとんどが、都会生まれの者だった。辺境の状態を知識、データで補うが、実際に生活しているものと比べればあまりに情けないものだった。
「分かっています。しかし、健在である両親からこの歳で離すのも気が引けます」
子どもはいないが、聖女王も補佐官も女性であり、若い時分に両親から離れた経験を持つ。
そのため、出来るだけ親元で健やかに育って欲しいと願ってしまう。
「急ぎ聖域に来る必要はありません。状況を判断しつつ、もうしばらくは親元で様子を見るのが良いでしょう」
家に帰れる。
レインニールは胸が高鳴るのを感じた。
無理やり連れて来られて医療行為とは言え身体を弄りまわされ、知らない人たちに常に囲まれ、寂しい思いをしていた。
辛い環境であったと聖女王たちは評するが、生まれた時から育った土地である。家族もいるし友達もいる。食事や農作業など確かに辛いところがあるが、それを上回るものがあった。
聖女王との謁見を終え、補佐官と会った部屋に戻ってくると青年が立っていた。
水の礎、サシャであった。
レインニールは彼を見て、何か沸き立つような感情を覚えた。
相手は人好きそうな顔でにこりと笑顔を向ける。自然とレインニールの頬も緩む。
「サシャ、何かあったのですか?」
やや硬い声に彼の表情も引き締まる。
「ご報告をしに来ました。研究員たちから至急の報せです」
彼は持っていた書類をテーブルに広げる。
「その少女はラヴァン村出身と聞きました」
村にそんな名前があったのかとレインニールはこの時初めて知った。
「そうです。それがどうかしましたか?」
「現在、その地方は豪雨により土砂崩れが多発し、村への道も寸断されているとの事です」
サシャは苦い顔でレインニールを見る。
「雨の峠は越えたようだけど、落ち着いたら人をやって村の様子を確認させるから安心するんだよ」
「サシャ、彼女は陛下よりもう暫く親元に、と」
目を見開いて補佐官とレインニールを交互に見比べる。
「彼女も違ったんですか?でも、そのうち聖域で引き取るということなんですか?」
意味が分からないとサシャは詰め寄る。
補佐官は深く息を吐く。
「レインニールが離れた途端、この気象状況。偶然なのか必然なのか分かりませんが、彼女が聖女王候補ではないのは確かです」
サシャの目が険しくなる。
聖女王候補を見つけるのは至難の業だ。様々な情報を照らし合わせてようやく力あるものがラヴァン村というところにいるらしいとまで漕ぎ着けた。年頃の娘たちを片っ端から神官たちが確認したという。しかし、最後に残ったのはレインニール一人。聖域まで来られたのは彼女だけだというのに、聖女王候補ではないというのか。
さすがに補佐官前にして浮かんだ非難の言葉は飲み込んだ。
だが、納得できないでいた。
「サシャ、彼女をラヴァン村まで頼みます」
思わず、抗議するような言葉が口から出そうになるが、目に入ったレインニールの顔を見てその感情は引っ込んだ。
まだ読み込めないだろう資料を見つめ、両手を握りしめている。不安からか瞳が潤んでいるようだ。家族がいる村がどうなっているか心配で堪らないだろう。肩が震えていた。
視線を合わせるため、サシャは膝を折ってレインニールの顔を覗き込む。
「天候が回復次第、村に行けるよう手配するから、それまで待ってくれるな?」
まだ細い肩を手で包み優しい声色で話しかける。
レインニールは小さく頷いた。
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