第21話
ラヴァン村の手前の街でサシャ一行は足止めされた。
分かっていたこととはいえ、豪雨による被害は甚大のものであった。
街のそばに川が流れていたせいで、街道に架かっていた橋が損壊していた。
物資を運ぶためにも至急、復旧作業へ向かわせる。
流木が川岸を埋めているので撤去作業の段取り、農地等の被害の把握、住居の確保も必要だった。
その街もラヴァン村も統治者がいるが、被害が多数に上っているため援助を求めていた。
聖女王にも火急の連絡を行い、協力する手配を整える。
ラヴァン村へ続く道は崖が崩れ馬車では通行できない状態が続いていたが、人が歩く分は整備され、役人や物資が通るまで回復していた。
街の復興にある程度で目処を付けサシャは村へ向かう準備を始める。
馬車であれば一日で往復できる距離だが、徒歩となると村かその周辺で一泊が必要になる。
先行してサシャ一人で見てくるか、レインニールを連れていくかで悩んだが、結果、同行している護衛官と神官など数人とともに行くことに決めた。
サシャからレインニールが離れなかった。
さすがに一人で村に帰ろうとはしなかったが、見知らぬ人ばかりの中で不安なのか、常にサシャの上着を掴みその後ろを付いて回る。
自然と行動に制限が出来たが、礎の責任感からかすべてを抱え込もうとするサシャのよい足かせとなっていた。
日の出とともに出発した。
幸運なことにサシャたちがこちらに来てから晴天が続いている。
被害もこれ以上、拡大しそうにはない。
レインニールがいるためか?とサシャは訝しんだが、聖女王候補ではないという補佐官の言葉に疑問が浮かぶ。
では、彼女は何者なのだろうか?
聖女王がいるだけで天候が回復するわけではない。
直接、働きかける力ではないからだ。
水の礎の力をもつサシャでさえ、雨を降らせ田畑を潤す力があるわけではない。
ただ、そうなるように世界に祈りを捧げるだけだ。
その祈りで生まれた力を聖女王が調和して世界を導いている。
実際に、このような被害を目にすると祈るだけで救われるなどあり得ない、と思ってしまう。
世界を否定するような考えが浮かんでは思考が停止する。
自分の存在自体が疑わしくなり、気が狂いそうになるからだ。
いずれは無くなるという礎の力は目に見えるものではない。
ぼんやりと自分でも背中辺りに腕のようなものが生えているような気がしている。
その腕は何処までも伸びていく感覚があるが、それは他の礎たちと共通した意識ではないらしい。
礎の力の種類によって変わるものかもしれないが、何より決定的な事実は、全て聖女王によって決まるということだ。
聖女王があると言えばあり、ないと言えばない。その事実に絶望に近い感情が湧いてしまうのを止めることが出来ない。
街から伸びる道は整備されているとはいえ、踏み均したものである。豪雨により大きくえぐれたところもあれば、何処からか岩が落ちてきている箇所もあった。
流木で塞がれたらしい場所は、いまだ周辺に積み上げられている。次の雨の日までに撤去する必要があるだろう。
歩きながら被害を確認したため、村に到着したのは日暮れも迫るころだった。
懐かしさが溢れる景色に、レインニールが駆けだそうとするのを何とか押しとどめる。
聞いていたが、村にも被害が出ている。
山崩れにより押し流された土砂が、畑に侵入していた。
収穫間近だったそれらは、泥に埋もれ傷もついている。
住居が倒壊しているところもあり、その脇で当面の生活場所を確保している。
陽が出ているうちにと、夕食の準備が始まっている。
一行は野宿の予定だった。
護衛官たちは到着と同時にテントの設営に入る。
サシャとレインニール、神官はレインニールの家へ向かうことにした。
少しでも早く、家へ帰りたいだろう気持ちを汲んだのだ。
レインニールは家の前までは今にも駆けだしそうな速さで歩いていたが、いざ玄関が見えるとぱたりと足を止めた。
家は豪雨に耐えたようだった。貧しい村なのでどこも木の板の屋根に木の板の壁、隙間風も入る簡単なものだ。もしかすると、何かしらは飛んだだろうが、修繕は簡単に済ませられたのかもしれない。
懐かしい我が家だが、暫く離れていたことで自分が忘れられているかもしれないとレインニールは思った。
父親は何かを受け取っていた。あれはもしかするとお金だったのかもしれない。
あれだけ帰りたかった家が目の前にあるというのに、何故だかとても遠い場所のように感じた。
動揺しているレインニールの肩を軽く叩き、サシャは玄関に向かう。
まずは自分が説明すべきだと思ったからだ。
「すみません!どなたかいらっしゃいますか?」
サシャの声は良く辺りに響いた。
暫くして、震えるように戸が横に動き、中から女性が出てきた。
お母さんだ!
レインニールは思わず叫ぼうとしたが、声にならなかった。
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