第9話

 アレクシの心に深く刺さる出来事がある。



 その日、アレクシは依頼を受けて旅支度をしていた。

 普段は聖域で過ごすものの、研究機関や神殿の要請があれば地方へ出かけるのだ。

 書類を確認するため執務室に戻る際、同じような旅装束をした水の礎サシャに出会った。


「また、お出かけですか?」

 サシャはアレクシよりいくらか年上であった。礎になったのはアレクシのほうが早かったが、気さくな人となりと人好きのする顔立ちの彼は誰からも信頼されていた。


 アレクシが記憶しているのが正しいなら、数日前に聖域に戻って来たばかりである。

 落ち着く間もなく再び出かけるのは何か意味があるのだろうかと勘繰ってしまう。

「あぁ、ちょっと調べものさ。研究機関と縁が出来ちまったから仕方ない」

 参ったと首の後ろを掻きながらも嫌そうには見えない。


「お身体だけはお気を付けください」

 礎と言えど、普通の人間と変わらない。疲労が貯まれば支障が出来てくるものだ。

 ありがとう、と礼を言った後、サシャは立ち去ろうとして、振り返った。

「アレクシはどこに行くんだ?」

 何気ない問いかけだったので、軽く答えたが、サシャは何か考え込んでいるようだった。


「もし、研究員に会ったらレインニールが寄らなかったか聞いてくれないか?」

「また、どこに行ったか分からないんですか?彼女は」

 呆れるように肩をすくめる。

 もう何度目だろうか、レインニールの所在について話題になるのは。


 研究機関の下部にあたる学舎の卒業でもひと悶着あった。その後、研究員の資格を得たものの、所属する支部には顔を出さず辺境をほっつき歩いていると連絡があった。

 聖域で引き取る話も出たが、本人の強い拒絶により叶わなかった。


「元気なのは確かなんだが、居場所が分からないんだ。ああ、無理に引きずり戻さなくていい。ただ、寄ったかどうかだけ報告してくれ」

 じゃ、と軽く手を挙げてサシャは足早に立ち去った。

 サシャはもしかすると出先でレインニールの所在を尋ね歩いているのかもしれない。

 ふと、アレクシはそう思った。


 レインニールは聖域で暫く暮らしていた。その時、世話役としてサシャが付いていた。

 二人は大変仲が良く、特にレインニールは早くに親元を離れたためかサシャを兄のように慕っていた。サシャも妹のようにかわいがっていた。

 寄り添う姿を幾度も目にしてきたアレクシは羨ましく思いつつ眺めていた。


 礎の力が分かると家族と離れることになる。

 まだ、幼い時分に力が発現したアレクシは家族と過ごした記憶がほとんどない。代わりに他の礎たちや聖域の者たちが世話をしてくれたので感謝している。

 彼らに恩を返すためにも地の礎として立派に責務をこなさなくてはいけない。

 

 だからこそ、サシャに迷惑をかけるレインニールの心境が全く分からない。

 首を傾げながらアレクシは自分の執務室へ向かうのだった。

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