第22話 その後のギャングレオ

 ルクガイア王国内のどこかにあるといわれている、ギャングレオ盗賊団のアジト。

 そこの一室でゼロラに負けて逃げ帰ってきたサイバラが、上官二人に土下座をしていた。


「す、すんません! コゴーダの兄貴! シシバのカシラ! この失敗の落とし前は、必ずおれがつけます! ですから、おれに【零の修羅】――ゼロラに再度挑むチャンスを!」

「あのですねえ、サイバラ君。我々はビジネスとして、用心棒業を行っているのです。そのゼロラという方は、ただドーマン男爵に雇われただけなのでしょう? ならばとるべき対策はドーマン男爵の方なのですよ」


 シルクハットとモノクルをつけた執事のような身なりの初老の男――ギャングレオ盗賊団参謀長・コゴーダ。

 コゴーダはいきり立つサイバラを宥めて、理解を促していた。


「た、確かにゼロラはただ雇われただけみてえです。ですが! あいつがドーマン男爵の手の者であることには、変わりねえです! 早急に手を打った方がよろしいかと!」

「それならば、逆にこちらがゼロラさんを仲間に引き込んでしまうという手もありますね」

「た、確かにその手もありますが……しかし……」


 どうやらサイバラはゼロラに負けたのが余程悔しかったらしく、意地でも再戦したいらしい。




「まぁ~、なんや? 仲間に引き込むのは、ちーっと待った方がええかもしれんな。そのゼロラはんってのも、一応はドーマン男爵の下についとるんやろ? 下手に引き込んで、スパイでもされたらたまったもんやないしな」

「おや? 頭領としては珍しく保守的な意見ですね?」


 コゴーダとサイバラの会話に眼帯と赤い髪と瞳をした訛りの強い男――ギャングレオ盗賊団頭領・シシバが口を挟んだ。

 シシバは気だるげな口調ながらも、部下二人に自らの考えを説明し始めた。


「真面目な話するとやな、そんだけ腕の立つ奴雇っても、給料払われへんって話や。盗賊業での赤字分を、建設業やら貿易業やらで補填しとるけど、プラマイゼロ経営がずーっと続いとるんやで?」

「確かに資金面を考えると、これ以上の人員確保は慎重に行ったほうがよいでしょうね」

「げ、現金なんすね……カシラ」


 二年前にゼロラに敗れたホクチ、ナンコ、トーカイの三人を含め、各地の盗賊団を吸収して戦力の拡大を続け、今や王国相手でも簡単には崩せないほどの巨大勢力となったギャングレオ盗賊団。

 だが、それ故に大きくなった組織を維持するのに難儀もしていた。

 そのせいで"盗賊団"を名乗っておきながら、盗賊業での赤字を他の事業で穴埋めしないといけないというのが、ギャングレオ盗賊団の現状である。


「で、もう一つ大真面目な話をするとやな。そのゼロラはんっちゅうのがまだ敵であった方が、俺も戦える機会があるってもんやろ? キシシシ!」

「ああ。そういうところはいつも通りなんですね、カシラ」

「頭領は戦闘狂ですからね~……」


 サイバラとコゴーダでも完全には読めない、シシバの腹の内。

 だが、一つだけ確実に言えることがある――




 ――『シシバは自分の戦闘欲求のために盗賊行為を繰り返していることが、理由の一つにはある』。




 それは理由の一つに過ぎないが、シシバという人間――【隻眼の凶鬼】と呼ばれ恐れられる男が、どういう人間かを物語っている。


「そりゃあ……貴族にとっては"凶事災厄"でしょうね、カシラの存在は……」

「"隻眼"になったのに、"鬼"のような強さも健在ですからね」

「おう! そない褒めんなや! 照れるやろが!」


 「別に褒めてはいないのですが」と言いたかったコゴーダとサイバラだったが、この話題が続いても面倒なので黙ることにした。


「どっちにせよや。ドーマン男爵の方は、そろそろ手ぇ打とうと思うとったところや。コゴーダ! 頼んどった資料はできとるか!?」

「はい、こちらに。ドーマン男爵について調べはついております」


 コゴーダが取り出した資料にはドーマン男爵の仕事内容や移動日、警護の人数や質についてが事細かに記されていた。

 ギャングレオ盗賊団が行う、綿密な盗賊計画――

 たとえどれだけ赤字経営が続こうと、ギャングレオ盗賊団が盗賊行為を辞めるつもりは毛頭なかった。


「私としてはトータルのリスクを考えると、この日が良いかと思うのですが、ただ問題が……」

「なんや? 歯切れが悪いな? ……うへぇ。この日って、スタアラ魔法聖堂の聖女様もご一緒なんかいな……」

「それって、何か都合が悪いことでもあるんすか? ドーマン男爵だけ襲えばいいんじゃないすかね?」

「こっちの都合や。せやけど他に都合のいい日もあらへんな~……」


 ギャングレオ盗賊団においてシシバの"本当の事情"を正確に知っているのは、ナンバー2である参謀長のコゴーダのみ。

 幹部ではあるが、比較的新参者のサイバラは、詳しい事情については知らされていない。


 ただサイバラや他の構成員でも知っている、"シシバの行動理念"――

 それは、"ギャングレオ盗賊団は襲う相手を選んでいる"ということ。

 ギャングレオ盗賊団は、『ただ盗賊行為を行うためだけに組織されたわけではない』ということだ。


「逆に考えてみましょう。ここでドーマン男爵のみをターゲットとすることで、我々ギャングレオ盗賊団の目的を世間にそれとなく見せつけるのです」

「な~るほど。確かにそう考えたら好都合かもしれへんな。よっしゃ! この案件は俺も直接出るとするで! コゴーダも来い! 後は適当に見張りを、何人か用意しとけや」

「カシラ! おれは!?」

「お前は留守番。アジトの守りでもやっとけ」

「そ、そんな~……」


 折角の見せ場を潰されたサイバラは落ち込んでしまった。

 ギャングレオ盗賊団の頭領と参謀長が出陣する以上、特攻隊長のサイバラまで出張ってしまっては、ただ人的コストがかさむだけの話であった。


「まあまあ、サイバラ君。アジトの守りも重要な任務ですから。では残りの人員はこちらで手配いたします」


 そんな落ち込むサイバラを、コゴーダが再び宥める。

 ガンガン武闘派のサイバラと、じっくり頭脳派のコゴーダ。

 この二人のやりとりは、ギャングレオ盗賊団においてはお馴染みの光景である。


 こうしてギャングレオ盗賊団の次の計画が動こうとしていた――


「あ、せや。サイバラ」

「なんでしょうか? カシラ?」


 ――ただ最後に、シシバはサイバラに一つ忠告を行おうとする。


「別にお前が今回、ドーマン男爵の手のもんに負けたことを、どうこう言うつもりはない。ドーマン男爵への襲撃計画が固まった以上、引き続きお前があの店のケツモチしとればええ。せやけどな――」


 そう言ってシシバは威圧しながら、サイバラに近づき――


「お前ケツモチしとる店ぶっ壊してどないするんじゃあ!! 弁償代めっちゃ高うついてもうたやないかぁああ!!!」

「ぎにゃああああ!!?? それはスンマセンしたぁあああ!!!!」


 ――怒号と共に手に持った棒で、サイバラの頭を全力で殴りつけた。


 ギャングレオ盗賊団のアジトに響き渡る、シシバの怒号とサイバラの悲鳴。

 これらもまた、ギャングレオ盗賊団の日常の一つであった。

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記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー コーヒー微糖派 @Coffe_BITOUHA

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