第21話 紅の賢者
「ま、待ってくださいよ!」
俺が店を後にすると、後ろからラルフルが追ってきた。
「ゼロラさん! さっきのゼロラさん、かっこよかったです!」
「あー。ただの屁理屈なんだがな」
「でも、大丈夫なんですか? このままじゃ、ドーマン男爵が許さないと思いますが……」
「その時はその時だ。俺だって、好きで従ってるわけじゃない」
おそらくドーマン男爵は、俺に対して何かしらの報復は仕掛けてくるだろう。
だが、これはいい機会かもしれない。
貴族からの汚れ仕事の依頼をどうにか断れるように、俺もイトーさんと相談しながら考えていくのも一つの手だろう。
「ありがとうな、ラルフル。お前のおかげで俺も生き方を考え直せそうだ」
「ふぇ? 自分、何かしましたか?」
「ハハッ。気にするな」
俺はラルフルの頭を軽くなでた。
こいつの諦めないまっすぐな生き方を見て、俺も少しばかりまっすぐに生きようと考えられるようになった。
無論、本人にその気はないだろうが。
「それじゃあ俺は帰るぜ。お前も遅くならないうちに帰るんだな」
「は、はい! よろしければ、また稽古をお願いします!」
俺はラルフルに見送られながら、その日はそこで分かれ、宿場村への帰路についた。
■
俺は歩いて宿場村まで帰っていた。
すっかり日が暮れたこの時間は馬車の本数が少ないのもあるが、もう一つ気になっていたことがある。
俺はそれを確かめるために、一人で見晴らしのいい平原で足を止める。
「……おい。さっきから俺の後をつけてるやつがいるだろ? 姿を見せやがれ」
俺が店を出た後から感じていた、何者かの視線――
隠れるように俺とラルフルの様子をうかがっていたようだが、どうやら狙いは俺だったらしい。
相手は一人。この隠れる場所もない平原ならば、不意打ちもできまい。
「ハッハッハッ……。慧眼慧眼。卿は誠に思慮深い……」
俺の言葉に観念したのか、少し離れた草陰から赤いローブを纏い、フードを深くかぶって顔を隠した男が現れた。
「ドーマン男爵の手下――ってわけじゃなさそうだな。何者だ?」
もしこの男がドーマン男爵の手下ならば俺を雇ったりせずに、この男をサイバラ達にぶつけていただろう。
気配、気迫、身のこなし方――
それらを見ただけで、この男が只者ではないことは分かった。
「小生のことかね? そうだな……"紅の賢者"、とでも名乗っておこうか」
「"紅の賢者"とは大層な肩書だな。なんで俺の後をつけていやがった?」
"紅の賢者"と名乗る男の顔は見えないが、笑うような声で俺に語り掛けてきた。
「卿はこれまで、"奪う側"としてこの二年を生きてきたのだろう? だが今日あのラルフルという少年と出会い、"守る側"で生きていきたいと思った」
「……何が言いたい?」
「気を悪くしないでくれ。小生は卿に可能性を見出したのだよ。ずばり言うと、卿は"従う側"の人間ではない。"従える側"といった表現も正しくはないか。"肩を並べて共に行く"……これが一番近いだろうか」
さっきからこの男は何を言っているのだ?
俺に何かさせたいのか?
「俺に用事があるなら、はっきり言いやがれ」
「小生から直接の要件はないよ。だが、小生は見てみたいのだよ。卿が"人々を結び"、"新たな時代"を築く、その姿を……なぁ」
"人々を結ぶ"? "新たな時代"?
ますます意味が分からない。
だが、この男はまるで、『俺のことを昔から知っている』ような口ぶりで話しているような気がする――
「お前……まさかこの俺の過去を知ってるのか? 俺が何者なのか知ってるのか!?」
「ハッハッハッ……。今はまだ可能性があるだけゆえに、小生の口から語りはしない。確証のないことを無暗に口にしては、"賢者"とは呼べぬであろう?」
冗談交じりに返してくるが、やはりこの男は俺の過去を知っている!
たとえそれが可能性の話であっても俺はそれを知りたい!
「教えてくれ! 俺は誰なんだ!? お前は俺のこと知ってるのだろう!?」
「あくまで可能性の話だよ。それに、今の卿には正しい話であっても、まだ語る場面ではない。また別の機会に会おう。それまで卿は今日抱いた気持ちを胸に、向かう先を選ぶといい……!」
ボゥン!
"紅の賢者"がそう言い終わると、突如として煙が巻き上がった。
煙が晴れた先には"紅の賢者"の姿はどこにもなかった――
「くそ! なんだってんだ!? あいつは俺に何を望んでるっていうんだ!?」
急な出来事に頭が整理できない。
だが、あの男は「俺が抱いた気持ちを胸に、向かう先を選ぶといい」と言った。
――上等だ。元々そうしようと考えていたところだ。
俺のような記憶も魔力もない、腕っぷしだけの人間に何ができるかなんて分からないが、それでできることを模索しよう。
ただ流されるだけでなく、俺自身が思い、願うことのために――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます