第21話 紅の賢者

「ま、待ってくださいよ!」


 俺が店を後にすると、後ろからラルフルが追ってきた。


「ゼロラさん! さっきのゼロラさん、かっこよかったです!」

「あー。ただの屁理屈なんだがな」

「でも、大丈夫なんですか? このままじゃ、ドーマン男爵が許さないと思いますが……」

「その時はその時だ。俺だって、好きで従ってるわけじゃない」


 おそらくドーマン男爵は、俺に対して何かしらの報復は仕掛けてくるだろう。

 だが、これはいい機会かもしれない。

 貴族からの汚れ仕事の依頼をどうにか断れるように、俺もイトーさんと相談しながら考えていくのも一つの手だろう。


「ありがとうな、ラルフル。お前のおかげで俺も生き方を考え直せそうだ」

「ふぇ? 自分、何かしましたか?」

「ハハッ。気にするな」


 俺はラルフルの頭を軽くなでた。

 こいつの諦めないまっすぐな生き方を見て、俺も少しばかりまっすぐに生きようと考えられるようになった。

 無論、本人にその気はないだろうが。


「それじゃあ俺は帰るぜ。お前も遅くならないうちに帰るんだな」

「は、はい! よろしければ、また稽古をお願いします!」


 俺はラルフルに見送られながら、その日はそこで分かれ、宿場村への帰路についた。





 俺は歩いて宿場村まで帰っていた。

 すっかり日が暮れたこの時間は馬車の本数が少ないのもあるが、もう一つ気になっていたことがある。

 俺はそれを確かめるために、一人で見晴らしのいい平原で足を止める。




「……おい。さっきから俺の後をつけてるやつがいるだろ? 姿を見せやがれ」


 俺が店を出た後から感じていた、何者かの視線――

 隠れるように俺とラルフルの様子をうかがっていたようだが、どうやら狙いは俺だったらしい。

 相手は一人。この隠れる場所もない平原ならば、不意打ちもできまい。




「ハッハッハッ……。慧眼慧眼。卿は誠に思慮深い……」


 俺の言葉に観念したのか、少し離れた草陰から赤いローブを纏い、フードを深くかぶって顔を隠した男が現れた。


「ドーマン男爵の手下――ってわけじゃなさそうだな。何者だ?」


 もしこの男がドーマン男爵の手下ならば俺を雇ったりせずに、この男をサイバラ達にぶつけていただろう。

 気配、気迫、身のこなし方――

 それらを見ただけで、この男が只者ではないことは分かった。


「小生のことかね? そうだな……"紅の賢者"、とでも名乗っておこうか」

「"紅の賢者"とは大層な肩書だな。なんで俺の後をつけていやがった?」


 "紅の賢者"と名乗る男の顔は見えないが、笑うような声で俺に語り掛けてきた。


「卿はこれまで、"奪う側"としてこの二年を生きてきたのだろう? だが今日あのラルフルという少年と出会い、"守る側"で生きていきたいと思った」

「……何が言いたい?」

「気を悪くしないでくれ。小生は卿に可能性を見出したのだよ。ずばり言うと、卿は"従う側"の人間ではない。"従える側"といった表現も正しくはないか。"肩を並べて共に行く"……これが一番近いだろうか」


 さっきからこの男は何を言っているのだ?

 俺に何かさせたいのか?


「俺に用事があるなら、はっきり言いやがれ」

「小生から直接の要件はないよ。だが、小生は見てみたいのだよ。卿が"人々を結び"、"新たな時代"を築く、その姿を……なぁ」


 "人々を結ぶ"? "新たな時代"?

 ますます意味が分からない。

 だが、この男はまるで、『俺のことを昔から知っている』ような口ぶりで話しているような気がする――


「お前……まさかこの俺の過去を知ってるのか? 俺が何者なのか知ってるのか!?」

「ハッハッハッ……。今はまだ可能性があるだけゆえに、小生の口から語りはしない。確証のないことを無暗に口にしては、"賢者"とは呼べぬであろう?」


 冗談交じりに返してくるが、やはりこの男は俺の過去を知っている!

 たとえそれが可能性の話であっても俺はそれを知りたい!


「教えてくれ! 俺は誰なんだ!? お前は俺のこと知ってるのだろう!?」

「あくまで可能性の話だよ。それに、今の卿には正しい話であっても、まだ語る場面ではない。また別の機会に会おう。それまで卿は今日抱いた気持ちを胸に、向かう先を選ぶといい……!」



 ボゥン!



 "紅の賢者"がそう言い終わると、突如として煙が巻き上がった。

 煙が晴れた先には"紅の賢者"の姿はどこにもなかった――


「くそ! なんだってんだ!? あいつは俺に何を望んでるっていうんだ!?」


 急な出来事に頭が整理できない。

 だが、あの男は「俺が抱いた気持ちを胸に、向かう先を選ぶといい」と言った。


 ――上等だ。元々そうしようと考えていたところだ。

 俺のような記憶も魔力もない、腕っぷしだけの人間に何ができるかなんて分からないが、それでできることを模索しよう。


 ただ流されるだけでなく、俺自身が思い、願うことのために――

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