第7話 数学者は二つの異なった世界に住んでいる2

 それからの日々は味気ないものだった。主治医によれば数渡の体は順調に回復したそうで、目が覚めた数日後には自分の部屋である「〇八一号室」で生活するようになった。特にやることもないので、本を読むことに時間を費やした。時々明と食事に行ったり、「箱」の中をぶらぶら歩いたりした。


「箱」の中を歩き回って気付いたことは、ここがとんでもなく巨大な建物であることだ。それも設備が充実している。明といつも一緒に行くバー付きのレストラン以外にも飲食店やバーが存在する。また、図書館や共同の勉強部屋、娯楽施設なんかも見つけた。ここに集められた人間もただ問題を解いているだけでは退屈してしまうのだろう。


 しかし「箱」と呼ばれるだけあって、見つからないものが一つだけあった。外への出口だ。唯一外と接点を持っているのは、明と訪れた天井のない広場だけだ。そこから見える広場はなぜだかいつも曇っている。


 我々は知らなければならない、我々は知るだろう


 数渡は石碑に書かれた文字を目で追いながら心の中でつぶやいた。一体何を知らなければならないというのか。


「なあ、あんた。」


 男の声に呼ばれて数渡は振り返った。


「あんた数渡だろ?おれのこと覚えてるか?」


 その大柄な男の顔を見て、数渡は目を疑った。そんな、どうして?短い黒髪のその男の顔に数渡は見覚えがあった。と言っても数渡の知っている男はもっと幼かった。いま数渡の目の前にいる男はその面影を残すのみとなっている。それでも数渡はその男の名がはっきりと頭に浮かんできた。


「樹神くん?」


「驚いたな、お前とこんなところで会うなんて。引っ越して以来じゃないか?」


樹神証は笑っていった。いかにもスポーツマンらしい清々しい笑顔だ。


「どうして・・・?」


 数渡にはそれ以上の言葉を口にすることが出来なかった。小学生の時の旧友が今、目の前にいる。だけどどうして?疑問ばかりが頭に浮かんでくる。


「はは、なんて顔してんだよ。どうしてってこっちが聞きたいよ。どうしてお前こんなとこいるんだ?」


「僕はマスって人に連れて来られたんだ。」


「マス、だれ?アナウンサー?」


「違うよ。マスは女子高生だよ、多分。」


「何だよ数渡。女子高生にホイホイついて行ってこんなところまで来ちまったてか。お前随分変わったんだな。」


そういうと樹神は愉快そうに笑った。


「いや、そんなんじゃないから。」


 数渡は羞恥心を隠し切れなかった。樹神が言ったことはあながち間違いではないからだ。


「それで、樹神君はどうしてここに?」


 数渡が再び尋ねると、樹神は少し真面目な顔をして言った。


「その話は少し長くなるんだよな。立ち話もなんだし、場所を移そうぜ。」

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