第6話 神は数学者であり、高度な数学で宇宙を構成した2
「目が見えないというのには慣れてきたが、やはり不便なものだな。助かったよ。ありがとう数渡君。」
加納は席に着くと数渡に言った。
「ところで、ここの事はマスに訊いたかい?」
「マスからは何も。明という女性から大体の事は聞きました。」
「ああ、東条さんか。彼女と仲良くしてくれるのは私もうれしい。非常に優秀な子だから、彼女にいろいろ助けてもらうといい。」
加納はコーヒーを一口飲むと質問を重ねる。
「それで、君は協力してくれるのか?」
「協力しないと帰れないんじゃないんですか?」
「おや、東条さんはそんな風に言ったのか?協力しないと帰れないことはない。今すぐというのは難しいがいずれ君は帰れる。もし君が望まないならオーダーで問題を解く必要はない。」
「そうなんですか。勘違いしてました。」
数渡は少し考えてから口を開いた。
「もし命の保証をしていただけるなら、協力してもいいですけど。」
「残念ながらそれは出来ない。」
加納は考える様子もなく答えた。だが表情は真剣そのものだ。
「そもそも数学の問題を解くのに命を懸ける必要があるんでしょうか?スーパーコンピュータとかそういうものを使えばいいじゃないですか。」
「この世界にスーパーコンピュータはない。すべて人の力で解くほかないんだ。」
それでも納得しきれていない数渡の表情を見て、加納は続ける。
「ここの支配権は〔数の化身〕が握っている。残念ながら、われわれはその秩序に従うしかない。」
「なんだか、その〔数の化身〕ってのが神様みたいに言うんですね。」
加納はコーヒーを一口すすってから口を開いた。
「トンボがいつから地球上に存在していたか知っているか?」
「はい?」
あまりに唐突な質問に数渡は戸惑う。
「トンボだよ。いつから地球上にいたと思う?」
「分かりません。」
数渡は正直に答えてから、一万年ぐらい前ですか、と思いついた数字を口にする。
「トンボは約二億五千万年前から地球上に生息したと言われている。人間が生まれるずっと前だ。」
「はあ。」
数渡は間の抜けた返事をした。
「それなのにトンボというのは驚くほど数学に準じた体の構造をしている。頭から腹部第二関節、腹部第三関節から腹部先端部にかけての比率は黄金比に近しい比率になっている。それにトンボの翅、あれはフラクタル構造とカテナリー関数という二つの数学的要素を持っている。知っているか?フラクタルというのは微小な部分をとっても全体に相似な図形なことだ。この構造、面白いのがね。フラクタル次元と言って〔次元の数字〕を求めることができるんだよ。その数の求め方も簡単でね。Dを次元の数字とした時D=logn m。nには図形を等分割した数が、mにはもとの図形と相似な図形の数が入る。紙に書いた方が分かりやすいかな・・・」
長々としゃべる加納の話を数渡は退屈そうに聞いた。もちろん最初の方は真剣に聞いていたが、フラクタルだとかカテナリーだとか出てきたところで興味をなくした。数渡の頭にはある女性が教壇に立つ姿が思い起こされた。数学担当の中野だ。そういえば中野もこんな風に自分の知識をひけらかしてたっけ。全く誰も聞いてやしないのに。
「あの、それが〔数の化身〕と何の関係があるんですか?」
数渡はいらだった態度が表に出ないように注意しながら訊いた。
「つまりね、トンボは〔数の化身〕によって造り出されたんじゃないかって話だ。」
「はい?」
あまりに突拍子もない考えに数渡は再び間抜けた声を出してしまった。
「数学に準じた構造を持っているのは、トンボだけじゃないぞ。松ぼっくりの構造だって、花びらや葉の付き方だってだ。」
加納は少し興奮気味に言った。興味をそそられる話のはずなのに、この男が話しているというだけで退屈になってしまうのはなぜだろうか。オウムガイの殻が黄金比に準じているとかなんとかテレビで見たような気がするな、と数渡はふと思い出した。そういえば、こんなような話を昔誰かとしたような気がする。誰だったかな。数渡がもの思いにふけっている間も、加納はバナナの断面図がどうだのと説明を続けている。
「加納さんのおっしゃっていることはなんとなくわかるんですが、生物の体の構造が数学に準じているのは、生き延びたり子孫を繁栄させたりするのに効率的な構造だっただけで、自然に生まれたものだと思うんですけど。」
数渡はそう言って加納の話を遮った。おっしゃっていることは分かる、と言ったが数渡は加納の考えには露ほども賛同していなかった。
「都合のいいように作り出された、かもしれない。」
加納は静かに言った。
「私はね、われわれ人間ですら例外ではないと考えているんだよ。」
加納の様子に数渡も背筋を伸ばす。
「例外ではないっていうのは、つまり・・・。」
「そう。われわれ人間も〔数の化身〕によって作られたのではないか。私はそう考えているんだよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます