第5話 万物の根源は数4
「それで数渡君、聞きたいことがあるんだよね?」
注文を済ませると、明は真面目な顔で数渡に尋ねた。数渡はウェイターが持ってきた水に口をつけると、背筋を伸ばしてから明に尋ねた。
「うん、まずこの建物は何なんだい?」
「何と聞かれると説明が難しいな。一言で答えると数学の問題を解く場所かな。ここにいる人はこの建物の事、〔箱〕って呼んでるよ。」
「はこ?」
「うん、ボックスの箱だよ。この建物を遠くから見ると黒い正方形の箱の形をしてるんだって。私はそもそもこの建物を外から見たことがないから、よく分かんないんだけど。」
「・・・それで、その黒い箱の中で、君たちは何のために数学の問題なんて解いてるの?」
「うーん、世界を救うため、かな?」
明の口から出た意外な言葉に、数渡は耳を疑う。
「世界を、救う?」
「数渡君も〔オーダー〕で問題を解いたから見たでしょう?白い空間と赤い三本の棒。それからへんてこな生き物も。」
へんてこな生き物、などと言われるとそれに殺されそうになった自分はなんだか間抜けなようなに思えてくる。
「うん、見た。あれは一体・・・?」
数渡は自分の体が串刺しにされたことを思い出して言葉に詰まった。
「数渡君はあの白い空間と赤い三本の棒が何を意味しているのか気づいたかな?」
数渡は白い空間と、垂直に交わり合う赤い三本のポールを思い起こしてうなずいた。あの時、確かに辿り着いた。(3,マイナス9,0)という答えに。
「あの空間は三次元のグラフなのかな。」
数渡は答え確認するように言った。
「正解。ちなみにあの空間の事は〔空間座標〕と呼んでるよ。」
ウェイターが運んできた食事を受け取りながら、明は言った。数渡のもとにも食事が運ばれてくる。数渡は運ばれてきた料理をどのように食べるべきかと迷ったが、一方の明はフランス料理の作法などは気にせず、運ばれてきたオマールエビを美味しそうに食べ始めた。周りで食事をしている他の客も、堅い空気にならずに思い思いに食事を楽しんでいるようだった。数渡も自分の料理を口へと運ぶ。味は文句のつけようのないほど絶品だった。パイに包まれたフィレ肉は口の中で噛むまでもなくとろけていく。これが全部タダなんて信じられない。
「うん、美味しい。それで数渡君。数渡君が会ったへんてこな生き物はなんだと思う?」
数渡はしばらく明の質問を考えてみた。大きな眼と黒い胴体を持つ蜘蛛のような化け物。正直あまり食事中に思い出したくないものだが、それでは答えに辿り着けない。(3,マイナス9,0)という答えを口に出した瞬間、数渡の前から消えてしまった。
「あの化け物は、数学の、問題?」
「惜しいかな。どちらかというとあれは解に近いかな。」
「かい?問題の答えってこと?」
「そう。彼らは自分の居場所が分からなくなってしまっている数字なの。だから私たちが教えてあげてるってわけ。」
明は料理に添えられたアスパラガスをフォークで刺しながら言った。
「明の言ってる事がうまく理解できない。」
「この世界のものはね、ああ、ここでいう世界っていうのは数渡君がもともと暮らしていた世界の事ね。ほとんどのものが数字に縛られてるんだよ。」
「どういうこと?」
明が何の話をしているのか分からなくなってきた。
「だってそうでしょ?実体のあるものは座標上で表せる。未来の事象だって確率で表せる。力の大きささえベクトルで表すことができる。」
「うん。確かにそうだ。」
数渡は同意するしかなかった。
「この世のものが正しく数字で表すことができる。その状態が私たちの言うところの〔秩序〕だよ。」
「秩序・・・。」
数渡は明の言葉をそのまま繰り返した。不意にマスの言葉が頭に蘇る。
私たちは〔命令〕や〔注文〕という意味でこの装置のことを呼んでいるわけではない。〔秩序〕という意味よ。
あの時、マスの口から出た言葉には一種の深みがあった。数渡は底の見えない海の中に体を鎮めていくような気持になった。
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