第4話 試験は本当の数学ではなく、技巧的なゲームに過ぎない5
数渡は目を覚ました。「オーダー」と呼ばれるタブレットと、そこに接続されたケーブル、シャープペンシルとカバーのない消しゴム、それから自分の文字が書かれたルーズリーフが一枚視界に入った。頭が重いので、自分がフルフェースのようなものを被っていることを思い出した。
数渡がフルフェースを取ると同時にタブレットの電源も落ちた。数渡は茫然とした。今自分がいるのは、不思議な白い空間に行く前にマスと訪れた大部屋だ。夢を見ていたのだろうか。きっとそうだ。今、数渡がフルフェースを脱ぐとき両手を使った。右手も使ったのだ。数渡は自分の右手をしげしげと眺めた。指は五本揃っている。体中の痛みも、もう思い出すことはできないほどにきれいになくなっている。ただ、先ほどの体験を夢で片づけるにはあまりにも生なましすぎるように数渡には思われた。
数渡は周りを見渡した。マスがいない。周りの人の数も、もう大分減ったような気がした。数渡の近くにいるのはフルフェースを被った状態の、オーダーをセットした状態というのだろうか、隣の席の女性だけだ。机の衝立にかけられたピンク色のカチューシャが目に入る。数渡はフルフェースを被った状態で俯いているその女性を眺めた。まるで眠っているようだ。呼吸に合わせて胸が上下に動いている。豊かな胸だ。女性は薄い白色のTシャツ姿だったので、注意深く見れば乳房の形まで認識できる。大きな胸とは裏腹に、体は随分と小柄だった。
突然、女性の体がピクリと動いた。数渡は慌てて目をそらす。隣の女性は声を上げて伸びをしてから、フルフェースを脱いだ。セミロングの明るい茶髪が、フルフェースの下から現れる。前髪が長く、女性の目元を隠していた。彼女は衝立にかけられたピンク色のカチューシャを取ると、慣れた手つきで前髪をかき上げ、それを頭につけた。その顔は数渡が思っていたよりもずっと幼く見えた。年齢は自分と同じかそれより下だろう。大きく丸みを帯びたぱっちりとした瞳ときれいな二重瞼を持っていた。美人というより可愛らしいという言葉が似合いそうな女性だ。
彼女は、数渡の存在に気付いて視線をこちらに向ける。しばらく不思議そうに数渡を観察してから口を開く。
「新人さんかな?」
聴き心地の良い明るいトーンだ。
すぐ近くで女の子に顔を覗き込まれ、数渡は緊張した。数渡の様子にはお構いなしに、彼女は興味津々といった感じでいろいろな角度から数渡を眺める。所見では気づかなかったが、こうして正面から彼女の顔を見ると細かい欠点も目に入った。鼻は低くて、少しつぶれているように見える。それでも彼女は、世間一般的に好まれる顔立ちをしているのだろう。
「私はトウジョウアカリ。東西南北の東に条件の条で東条。明は電気の明かりだよ。君は?」
東条明と名乗る少女は人懐こい雰囲気を全身で放出させながら笑顔で数渡に尋ねた。
「僕は、九田数渡。えっと、漢字で書くとこう。」
数渡は正直自分の名前の漢字を口で説明するのが面倒だったので、シャープペンシルでルーズリーフに自分の名前を書いた。
「数に渡るで数渡君か。いい名前だね。よろしくね、数渡君。私の事は気軽に明と呼んでくれたまえ。」
明はそう言って右手を差し出した。
数渡は自分の名前を言い名前だと思ったことはなかったが、とりあえず笑顔を作って明の右手を握り返した。
「よろしく。」
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