第4話 試験は本当の数学ではなく、技巧的なゲームに過ぎない1

 数渡は「マス」と呼ばれた少女の背中に延々とついて行った。二人が歩いている長い廊下は床も壁も漆黒の大理石で出来ており、先ほどのロビーと代わり映えしなかった。数渡の右手には窓が、左手には部屋の扉が等間隔に並んでいる。数渡は歩きながら加納の言葉を思い出した。

 

 くれぐれもせっかく来てくれた新人を死なせるようなことはしないでくれよ、マス。

  

 考えれば考えるほど、数渡の心には暗雲が立ち込めた。


「どこへ行くんだ?」


 マスからの返事はない。もちろん予想はしていたが、沈黙の返事は数渡に絶望を与えた。加納はマスに自分の事を任せたといった。マスはしっかり自分を案内しないといけないのだ。くれぐれも自分を死なせてはいけないのだ。それなのに彼女はまるで数渡の死が確定事項であるかのように、無言のまま彼を未知の場所へと誘っている。


 処刑判決を受けた囚人は処刑場に向かうときこんな心境なのだろうか、と数渡は思った。いや、どちらかというとほぼ死刑が確定している被告人が法廷へ赴く感じだろうか。どちらにしても快い気持ちではなかった。


 廊下を進んだ奥には、ロビーと同じような男性の石像が立っていた。ただし顔立ちはロビーのものとは違っていた。ひげも生えていなかったし、何より髪が長かった。アイザック・ニュートンだ、と数渡は思った。どうして著名な科学者の石像がこんなところにあるのだろうか。マスはニュートンの像には一瞥もくれず、左手へと続く廊下を進んでいった。

マスが進んでいったその先には、開けた大広間があった。


 そこに広がるのは常軌を逸した奇妙な光景だった。そこには大理石で出来た机と椅子が、果てしなく奥の方までずらりと並べられていた。机と机は等間隔で開いており、さらに机には周りから見られないように衝立がついていた。筆記試験場のようだと数渡は思った。


 そして何より不気味なのはそこに座る人々であった。衝立のせいでよく見えなかったが、そこに座る人々はみなターキーレッドのフルフェースのようなものを被っていた。フルフェースを被った人々はものすごい勢いで手元に何かを書き込んでいる。よくよく見ると、フルフェースを外して伸びをしている人や、席を外してしゃべりこんでいる人もいる。眠り込んでいるのか、フルフェースをしたままで俯いている人もいた。ターキーレッドのフルフェースがなければ、数渡はこの場所に勉強部屋とか事務所だとかそういった印象を持っただろう。もちろん漆黒の大理石で囲まれ、明かりも窓から差し込む光以外にないこの部屋で何かの作業に打ち込む彼らを多少は好奇な目で見ただろうが。しかし、彼らが揃って被るフルフェースのようなものは数渡に人体実験を連想させた。自分はここで一体何をさせられるのだろうか?それを考えて沸き起こる感情は恐怖以外なかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る