第3話

 突然ですが、隣の席に、推しがいます。


 これは、夢でしょうか?


 学年は違うのに、同じ科目を専攻できるなんて、夢のようだ。

 ゲームより実物の方がキレイで、さすが攻略対象一の美人さんだと思う。


 彼の名前は、ルカ=クロック。3学年生で、正体は、人に紛れた上位精霊。

 なぜ、この学園に生徒としているのかは謎。ゲームでも、他の生徒と関わりはなかったし、特に関心があるわけでもなかった。初期では、ヒロインにも関心はなくて、出会いのシーンでも口数は少なかったと思う。

 さっきも、周りの生徒は彼に関心を示して、なんとか関わりを持とうとしていたけれど、ほとんど会話になっていなかった。


 

 私も、話しかけようと思ったけど、変なことを口走っちゃって、隣にいる分気まずさは倍。


 さすがに初対面の人に向かって「花の匂いがする」って、変人だよね。言われた本人も、びっくりした顔をしていた。

 その後すぐに授業が始まったから、それ以上のことはなかったけど、その人は今、隣にいる。


 はぁ〜。


 気を取り直して、授業に集中しようと思う。


 今の時間は、魔法史学。その名の通り、魔法の歴史についての科目。

 この科目を選んだのは、単純だ。城の本に、数種類の史学はあったものの、魔法史学は初めてだったから。今まで読んだ史学の本は、ほとんどが自国の歴史か精霊に関するものだった。

 エメラルド国は、魔法ではなく精霊術が主なため、魔法の歴史に関する書物がなくても不思議ではない。


『では、魔法の始まりから話していこう。そもそも魔法の始まりは、3神様の祝福から生まれた。3神様とは、世界を形作り、秩序と安定をもたらす世界を支える柱であり、身近な場所でいうと、神殿で3神様のお姿を見る事ができることは、皆も知っての通りだ。そして、祝福から生まれた魔法の核マナが、少数の人の体内へ流れ込み、魔法使いが生まれた。また同時に、魔法の核は鉱山へ流れ込み、結晶化したのが魔石と言われるものだ』


 講義を受けて、精霊史でも3人の精霊神といわれる神様が登場した事を思い出す。

 魔法史も精霊史も、3人の神様が登場するのは同じらしい。

 そうそう。

 私の名前は、その内の1人の神様の名前をつけたと父は言っていた。もしかしたら、魔法史学に登場する神様も、同じ名前なのかも、なんて考えながら話を聞く。


 3神の名前は出なかったが、講義により魔法と精霊術の違いが分かった。


『魔法に、属性があることは当たり前に理解しているだろう。魔法学と共通していることだが、そもそも魔法とは、マナを練り上げ具現化させたものであり、その過程で……』


 魔法は、体内や魔石のマナを使うことで発動するもの。精霊術は、精霊を媒介に自然エネルギーを放出したもの。

 

 ノートを取りながら、チラッと隣を見ると、彼は何の感情も見られない凍った表情で授業を受けていた。




魔法史学の授業は、宿題を出されて本日の授業は終わった。

 宿題は、3神様のいずれかについてのレポートを書き提出すること。


 というわけで、校内にある図書館へ向かう。と言う口実の元、校内探索をしている。


 学園に入学前は、常に数人がそばにいて、1人の時間というものが皆無だった。

 1人で行動していても、安全が約束されている。これが、どんなに幸せなことか。


 画面で見ていた時と違い、実際に歩いてみると広くて、一言で言えば、迷子になっている現場。ゲームの世界だ、とずっと思っていたけど、あくまで似ている世界。全く同じではなかった。

 もちろん、ゲームはヒロインを中心とした世界だから、ヒロインが行っていない所はでてこないのだけど、それにしても、と思う。   

 公式の出した書籍では、学園についても書かれていた。その中で、校内マップも記載されていたので、頭の中で地図はあった。でも、実際に歩いて、頭の中の地図と現実に食い違いがあって。


 特に、今目の前にある建物。

 見たところ、温室だと思うけど、ここはないはずの場所だ。


 ただ……。


 微かに感じらる香りが、私の脳を刺激する。

 花は好き。

 静かなところも好き。

 だから、私は温室に入ることにした。



 思った通り。入った瞬間、パァっと気分が明るくなる。

 入り口から、可愛らしい花々が、360度華やかにレイアウトされている。


 温室から流れるような、花の道が出来ていて、時々休憩できるベンチがある。


 たぶん、アレもきっとあるはず。


 流行る気持ちを押さえられなくて、駆け足で奥に進んだ。

「あった」

思わず、声が出た。


 温室といえば、池。

 まだ葉をつけだしたところにすぎないけれど、好きな花の一つ。蓮。

 ここの温室は、よく手入れがされていて、きっと季節を迎えれば、花を咲かせてくれる。


 でも、あそこだけ元気がない?


 葉が出てきたばかりだというのに、一部葉が変色している箇所がある。


 確かカバンに、アレがあったはずだ。


 カバンから、本を取り出して、目当てのページを開く。

 まだ試したことはなかったけど、できるかもしれない。と思い立ち、本に書かれている通りにしてみる。


 元気のない蓮の赤ちゃんに手をかざして、自然と感応するようにイメージする。

 これが、精霊術であり、エメラルド国の王族の能力だ。


 パァァァァ……


 暖かな光と共に、葉が緑色に輝いた。

「……わたしにも、できた」

 本当に、出来るなんて思わなかった。

 学園に入学前の私は、精霊術を使うことが出来なくて、宝石目を持っていても色が違うから『形だけの王族』なんて言われたこともあったくらい。


 ぴょこん、と何か葉の裏側から飛び出した。

「虫⁉︎」

 思わずしゃがみ込んでしまう。


『こんにちは』


『ボクは虫じゃないよ』


 顔を上げると、手のひらくらい小さな男の子が、私の前に飛んでいた。

 この子を見て、すぐに気づいた。

「……精霊?」

『正解〜🎵』

男の子は、鼻歌混じりに拍手した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る