小学校の頃から「のろま亀」と馬鹿にされいじめられて来た女の子が挑む中学生活最後の持久走大会
お餅ミトコンドリア@悪役ムーブ下手が転生
小学校の頃から「のろま亀」と馬鹿にされいじめられて来た少女が挑む中学生活最後の持久走大会
今日は、俺の娘の持久走大会の日だ。
娘の顔には、強い決意が見て取れる。
それもそのはず。
娘にとって、中学生活最後の持久走大会なのだから。
誰よりも運動を苦手としていた娘が、何故ここまで、やる気になっているのか。
そのきっかけは、小学校時代にあった。
運動音痴である娘は、小学生の頃、持久走大会が行われる度に、最下位だった。
娘は、別にそれで良いと思っていた。
勉強はそれなりに出来たからだ。
自分は、運動が不得意で、勉強の方が得意。
無理に不得意な事を頑張る必要は無い、と思っていた。
が、ある年。
転校して来たスポーツ万能な少女が、持久走大会の直後に、娘に向かって言った。
「何あれ? 走ってたの? 歩いてるのかと思ったわ」
その次に少女が発した言葉は、娘にとって、忘れられないものとなった。
「のろま亀」
それまで、何があっても泣かなかった娘は、生まれて初めて泣いた。
そして、
「……悔しい……悔しいよぉ……!」
と、何度も呟いた。
一頻り泣いた後。
娘は、手で涙を拭って、今まで見た事もない、決意に満ち溢れた表情をしていた。
そして、
「もう、泣かない! 絶対に速くなって、あの子に勝ってやる!」
と、叫んだ。
それからというのもの、娘は、毎日走った。
雨の日も、風の日も、雪の日も。
必死に走り続けた。
だが、一年経ち、二年経っても、持久走大会では最下位のままだった。
そして、万年最下位のまま、小学校を卒業した。
中学生になった娘は、陸上部に入った。
少しでも速く走れるようになるために。
だが、そこには、娘を馬鹿にした、あの少女がいた。
そして――
「あんた、亀の癖に何陸上部に入ろうとしてんのよ? 人間様に失礼でしょ? 鬱陶しいから、さっさと辞めなさいよ!」
――いじめが始まった。
他の部員もいじめに荷担し、娘は、毎日、暴言を吐かれ、わざとぶつかって来られ、鞄を踏まれた。
初めの内は必死に耐えていたが、とうとう限界が来て、入部から数ヶ月後に、娘は退部した。
あの少女は、そんな娘を見て、
「無様ね。のろま亀にピッタリ」
と言って、笑った。
『もう泣かない』と誓った娘だったが、その日、再びその頬を涙が伝った。
それからの執念は、我が娘ながら、凄まじいものだった。
走って、走って、走りまくった。
昨日よりも、速く、長く。
明日は、今日よりも、速く、長く。
まとまった時間が取れる休日は、朝から晩まで走り続けた。
陸上部の方が、練習内容は、合理的で効率的なものだったかもしれない。
が、娘の練習量は、尋常ではなかった。
どう見ても、陸上部の何倍も走っていた。
朝出掛けた人が娘を見て、夜帰って来ると、まだ走っているのだ。
それは、狂気を感じる程だった。
最初は、長距離を走るだけで疲労困憊になっていた娘だったが、慣れて来ると、空のペットボトルを一本持って走るようになった。
そして、少しすると、ペットボトルに、少しだけ砂を入れて走るようになった。
日に日に、ペットボトルに入れる砂の量は増えて行った。
暫くすると、ペットボトルにぱんぱんに砂を詰めるようになった。
更に、その後、それを一本ずつ、両手に持って走るようになった。
その結果。
中学一年生の持久走大会では、最後の最後で、二人抜く事が出来た。
生まれて初めて最下位を脱した事で、娘は、泣いて喜んだ。
そして、中学二年生の持久走大会では――なんと、十位になった。
昔の娘を知っている者からすれば、信じられないだろう。素晴らしい成果だ。
だが、娘は、
「あともう少しだったのに……!」
と、唇を噛み、悔しがった。
娘を馬鹿にした少女は、陸上部のエースになっており、二年連続で一位だったのだ。
その後も、娘は、厳しい練習を続けた。
この三年間で、娘が手に持って走る二本の砂入りペットボトルは、五百ミリリットルから一リットルになり、一.五リットルになり、最終的には、二リットルになった。
そして、今日。
娘の決戦の日が、やって来た。
中学生活最後の持久走大会だ。
スタート直前。
陸上部の少女は、娘を見て、言った。
「あんた最近、少しだけ速くなったみたいね。でも、調子に乗るんじゃないわよ! あんたは、どこまで行っても、のろま亀なんだから! あたしには一生勝てないって所、見せてあげるわ!」
その数秒後――
パンッ。
――ピストルが鳴って、全員一斉に走り出した。
娘は、まずは中盤に位置すると、そこから、徐々にスピードを上げて行った。
持久走大会は、学校の周辺を二周走って、校門がゴール、というコースだ。
娘は、一周目は、上位に食い込みつつも体力を温存し、二周目で仕掛けようと思っていた。
各部活の体力自慢の少女達を、娘は次々と抜かして行く。
当然だ。持久走大会だけに照準を合わせて来た娘がこれまで積み重ねて来た努力は、並大抵のものではないのだから。
そして、一周目が終わり、二周目に入った。
娘は、一気にスピードを上げた。
残る数人は、部活で訓練を受けて来た陸上部員達ばかりだ。
流石に、速い。
が、娘は、一人、また一人と、抜いて行く。
一つ目の角を曲がった直後に、更に一人抜いて、娘は二位に躍り出た。
だが――
「!」
――あの少女は、遥か彼方にいた。
少しして、二つ目の角を曲がった少女が、娘の視界から消える。
娘は、何とか追い付こうと、必死に走る。
スピードを更に上げる。
しかし――
「!!」
――二つ目の角を曲がった後に見えた少女との距離は、ほんの少ししか縮まっていなかった。
それでも、娘は諦めない。
必死に脚を振り上げ、前に動かす。
全力で腕を振る。
走る。
走る。
走る。
そして、三つ目の角を曲がった直後――
「!!!」
――少女と娘との距離は、先程と全く変わっていなかった。
少しして、最終コーナーを曲がった少女の姿が、娘の視界から消える。
娘は、一瞬、諦めそうになるが、頭を振って自分の弱い心を捻じ伏せる。
歯を食い縛って、前へ前へと、脚を動かす。
この三年間――否、小学校時代からの長い期間の、屈辱、悲しみ、そしてそれらを撥ね除けようとして必死に練習して来た事、全てが頭を過ぎる。
負けられない。
負けてたまるか。
そう思い、少しでも速く、少しでも前へと、娘は、娘は――
――え? 本当の娘じゃないのに、娘と呼ぶなって?
横から口挟むなよ! 今、大事な所なんだから!
ほら! 最終コーナーだ! 俺の前に来た!
娘よ! 頑張れ! あと少しだ!
努力は、必ずしも実を結ぶとは限らない。
そんな事は、百も承知だ。
でも、お前の頑張りは、報われるべきなんだよ!
ずっと見て来た! お前の涙を! お前の汗を! お前の努力を!
だから、走れ! 走れ!! 走れえええええええええええええ!!!!!!
そう叫んだ直後――
ドドドドドドドドド。
――俺は、駆け出していた。
そして、娘の後ろを、全力で追い掛けて行く。
娘よ!!! 走れえええええええええええええ!!!!!!
異変を感じて振り返り、俺を見た娘は――
「きゃああああああああああああああああ!!!」
――背後から高速で迫って来る巨木という光景に、悲鳴を上げた。
そして、娘は――
「いやああああああああああああああああ!!!」
――悲鳴と共に、凄まじいスピードで、一気に少女との差を詰めて――
「なっ!?」
――思わず声を上げ、目を見開く少女を一瞬で抜き去って――
――そのままゴールした。
一体何が起きたのかと、呆然とする少女。
無我夢中で走った俺は、校門まであと少し、という所で、力尽きて倒れた。
……娘……娘は……!?
娘を励まそうと必死で、ろくに前も見ておらず、結果がどうなったかを見逃していた俺は――
「はぁ、はぁ、はぁ……やったぁ……! ……勝った……! ……勝ったよぉ……!」
――泣きながら喜ぶ娘を見て、安堵した。
良かった。
本当に、良かった。
これで、もう思い残す事は何もない。
さようなら……我が最愛の……娘……よ………………
――と、俺は枯れて死ぬ運命だと思ったんだが。
あれ?
気付くと俺は、娘の中学校の敷地内に植え替えられていた。
どうやら、校門に向かって走って来て、しかし途中で力尽きた俺を見たこの中学校の校長が、
「余程この学校に入りたかったんだろう」
と言って、中学校の敷地内に迎え入れたのだ。
娘の中学校内に植え替えられるなんて、願ったり叶ったりだ。
ただ、殆どの生徒達は、俺が走り回っていた事から、気味悪がって、近付こうとすらしなかったが。
ちなみに、娘も同じだった。
不気味だと思って、俺をずっと避けていた。
だが、卒業式の日。
初めて、娘が俺の下にやって来た。
そして、こう言った。
「ずっと怖くて、近寄れなかったけど……でも、あの後、よく考えてみたの。多分、あなたは、あの時、負けそうになっていた私を、応援してくれたんだよね?」
そう言うと、娘は、
「ありがとう」
と、微笑んで――俺に抱き着いた。
知らなかった……
この世には、こんな幸せな事が、あるだなんて……!
言葉に出来ない高揚感が、俺の全身を駆け巡ると――
「わぁっ! 綺麗!」
――俺の蕾達が、一斉に開花した。
「もしかして、私の卒業をお祝いしてくれてるの? ありがとう!」
そう言って微笑む娘が眩しくて、美しくて……
……こちらこそ、ありがとう……
すると、娘は、ふと、
「そう言えば、何で私を応援してくれたの?」
と、首を傾げた。
気付いていないだろうが、お前は、俺の恩人なんだ。
まだ小学生だった頃のお前は、あの少女に馬鹿にされて、俺の目の前にあったベンチに座って、生まれて初めて泣いた。
が、その直後に、見返してやる、と決意した。
あの時、実は俺は、病気で枯れる寸前だったんだ。正直、これで終わりだと、諦めていた。
でも、お前が、泣きながらも頑張ろうと決意する姿を見て、俺も、もう少しだけ頑張ってみようって思ったんだ。
お前は、命の恩人なんだよ。
その時――
「きゃっ!」
――強い風が吹いて、桃色の花弁が大量に舞った。
「わぁっ! すごい!」
その光景に、娘が、満面の笑みを浮かべる。
我が娘よ。
これからのお前の人生に、幸多からん事を祈っているぞ。
―完―
※ ※ ※ ※ ※ ※
(※お読みいただきありがとうございました! お餅ミトコンドリアです。
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